水曜日に茨城県日立市十王町の「にんたまラーメン」で朝ラーした後・・・
車を伊師浜の駐車場に停めて、伊師の長者山遺跡周辺の散策に出かけました。
この「日立市文化財回廊ガイドマップ~長者山遺跡周辺~」が分かり易くてGood![]()
先ずは伊師工業団地の段丘崖をトコトコ歩きまして![]()
十王川沿いのかんぶり穴横穴墓群入口へ。
案内板はあることはあるのですが・・・かなり貧弱で分りづらいですね![]()
道に迷いつつ目的地へ歩きます。
ハイ到着・・・フゥ~・・・
正式には「十王前横穴墓群」と称するみたい。
周囲の段丘崖には多くの横穴墓があるみたいですが、
知ってる人に連れて行ってもらわないと無理だな![]()
じゃぁ「お邪魔します
」と挨拶してから玄室に入ります。
中は真っ暗です。
今は携帯電話にライトが付帯していて便利![]()
玄室の中は結構広くて驚いた。
どんな方が眠っていたンだろうなぁ![]()
こういう横穴に住むっての良いかなとちょっと考えてしまいます。
湿気が多そうだけど・・・入口に換気扇が欲しいところか![]()
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ではこっから長者山遺跡跡(愛宕神社)までテコテコ旧道散策。
真夏に街道散策するもんじゃないですね。
クソ暑い![]()
十王坂の切り通し。
「その筋」の方々には有名みたい。
この道が古代律令制における古代官道(海道もしくは東海道)とのこと。
道端にある赤鳥居。
まぁ「不法投棄防止小鳥居」ですが街中でも「立小便防止用」でよく見かけます。
日本人の「信仰心」に由来するこのような小物って良いなぁ
まぁ神道を理解していない方々には無力ってのもね![]()
微妙に屈曲した高低差がある細い直線道路・・・如何にもな古代官道の痕跡でしょうか![]()
幅6mもしくは12mの日本の古代とすれば規格外れの高規格道路であった古代官道。
律令制の崩壊と共に古代道路も廃絶して忘れ去られますが、
実際に人が歩く幅だけが残ったってな塩梅。
唐黍畑。
トウモロコシってイネ科なんですね![]()
ここが伊師一里塚ですか。
何の標識もありませんが![]()
伊師一里塚から愛宕神社にかけては「近世陸前浜街道」の面影が残ってますね。
旧街道散策の醍醐味![]()
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じゃぁ今回の目的地、愛宕神社。
参道が旧街道に対して微妙な角度ですね![]()
この愛宕神社周辺が長者山官衙遺跡跡であります。
ガイドマップの配置図が分かり易い。
日立市、チョベリグ![]()
オーソドックスな神明鳥居ですね。
合掌(-人-)
愛宕神社本殿裏手は針葉樹林帯が広がっています。
日陰が涼しい![]()
古代官道は旅行者の利便の為に駅路制度をとってましたが、
「常陸国風土記」によればかつてこの辺りに藻嶋駅家があったそう。
この長者山遺跡が藻嶋駅である可能性が高いそうです。
発掘作業が行われたそうですが、現在では再び埋め戻されたようです。
神社の神域ですからねぇ![]()
長者山遺跡のちょっと北側にある古代官道(海道もしくは東海道)の跡。
真夏なので薮だらけで入れない![]()
改めて冬に訪れたいです。
国土地理院のサイトを参照いたしました。
印尖端が上の写真を撮った場所。
明かな直線状の掘割が段丘上の南北方向に認められ、
コレが古代官道の痕跡と言われています。
兎に角、直線重視の古代官道ですからね。
まぁ中世城郭の掘割では・・・ないよな![]()
古代官道の発掘調査(再現)は関東地方以西では盛んですが、
東北地方ではまだまだ遅れている様子。
福島県内でも南北を貫く東山道・海道(東海道)のルートはほとんど未詳のようです。
これから新たな発見がある事を望みます![]()
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愛宕神社から再び伊師浜まで歩いて戻ります![]()
稲がタワワと実っております。
何とか無事に稲刈りが迎えられるように神仏に懇願(-人-)
「死後の行先」ですかぁ・・・
どうなんでしょう![]()
これだけ読んでも何が言いたいのか分らないなぁ
「人が罪深い存在」なのは間違いないとしても・・・
宗教(信仰)とはその「罪」に対する救いだと私は解釈しますが、
その「罪」を赦して永遠の命を与えると堂々と言われたら、
ヤバい宗教だと思っちゃうじゃん![]()
再び伊師浜まで戻ってきました![]()
賑わってたなぁ![]()






























