昔通ったアメフトのスタジアム・・・の巻 | 乾パンのブログ

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例の日本大学アメリカンフットボール部における「殺人タックル」の問題ですが・・・

最早、アメフトや大学スポーツの問題を遙かに凌駕し、社会現象となっています。

 

アメフト好きの私ですが、こんなことでアメフトが注目されるのは・・・面白くはないなぁガーン

今日は加害者の(「殺人タックル」した方の)記者会見が行われましたが、これまた侃侃諤諤。

 

でも20歳とのことですが、立派な青年ですねぇベル

やったことは悪いのですが、ダメコンとすれば最良の行為だったと感じます。

 

一方、「殺人タックルしろビックリマーク」と言ったとされる内田監督と某コーチですか・・・むかっ

完全にドツボに嵌まっていますねぇ

 

とは言え、この世は完全な善人も完全な悪人もいない。

彼らにも何らかのプレッシャーがあって、このような「指示」を行ったんだと察しますし、

そこまで究明してこそ、この事件の真相に迫れると思うんですけどね。

 

日大アメフト部の故篠竹監督の秘書(有り体に言えば用心棒!?)を勤めた敬天新聞の社主さんは、

あの頃(篠竹監督時代の)内田は弱者の気持ちが分かる、いい奴だった。」と述べておられますが、

これは真理だと私は感じます。

 

篠竹監督は良くも悪くもスケールの大きいトンデモ人間だったようで。

その裏面を知っているからこそ、弱者の気持ちが分かっていたのに、

いざ自分が強者の立場になると、篠竹さんの悪い面を受け継いでしまうと・・・

 

加害者部員に「殺人タックルしろショック!」と指示したコーチは・・・

この時に見た日大豊山高校の監督さんかなはてなマーク

若くて熱血漢で、こういう熱心な指導者が日本のアメフトを支えていると思ったんだけどなぁえっ

 

何でこんなことになっちゃったんだろうかガーン

という気持ちが強いです。

 

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何故だか平成10年前後に撮影した写真がフラットファイルにとじられて保存されておりましてグッド!

その頃に通い詰めたアメフトの球技場の写真を以下に示します。

 

 

関西学生リーグの主戦場だった西宮スタジアム。

阪急西宮北口から雑然とした飲み屋街を通り抜けた先にあるスタジアムでしたな。

尚、私は西宮球場時代に阪急ブレーブスの試合を見た記憶はありません。

 

 

このスタジアムは西宮競輪場を兼ねておりまして・・・競輪には行ったことがありますが、

お客さんのあまりに非道いヤジ(放送禁止用語連発)に、怖くなった記憶が鮮明です。

 

 

この一塁側の2階席が最も見やすかったなぁベル

まぁ所詮は野球場なのでそんなに見やすくはなかったんですけどね。

 

 

それから西宮球技場。

雨が降ると泥田になる球技場でした。

少々見づらいのですが、セットしたボールの下に300mm角の人工芝がひいてあります。

雨の日には水を入れたバケツを持って、プレー毎に人工芝を洗うスタップがおりました。

 

 

その一方、晴れが続くと舞い上がる砂埃が強烈で、客席に座っていても粉塵で頭が真っ白晴れ

私が帽子を好んでかぶり始めたのは西宮球技場でアメフトの試合を見るようになってからでした。

 

 

 

それから万博公園にあった万博球技場にもよく通いました。

ベンチ上にあった、防護柵のコンクリート基礎に座るのが特等席でしたなドキドキ

 

 

現在は吹田サッカースタジアムとなり万博球技場は跡形も無くなりましたハートブレイク

 

 

 

自然芝時代の宝ヶ池球技場。

京都の辺鄙な場所にありましたが、京大・同志社・立命館等々、関西1部でお馴染みでしたねぇ

 

 

京都大学って20年前のユニフォームの方が圧倒的に格好良いと思うけどね。

 

 

 

んで、関東リーグの川崎球場にもよく行きましたねぇ

肉うどんやラーメンが美味しかったなぁラブラブ!

 

 

観客席が急勾配なんで、野球場の割には見やすかった記憶が鮮明です。

今でも川崎スタジアムとなってアメフト専用球技場と成っているのは感慨深いなぁ

 

 

昔の写真を見ると、結構チアも撮っているわけでえっ

 

 

立命館チア。

まだパン太くん(豹の着ぐるみ)はいなかったように思い出されます。

 

 

今風のおへそ出す衣装よりも、20年前のオーソドックスな衣装の方が良いなぁ