炭鉱街跡を散策する・・・の巻 | 乾パンのブログ

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ココで少し述べたことがありますが、現在の福島県いわき市はかつては炭鉱の街でした。

用事であっちこちと動き回っていると、当時の痕跡が微かにに残っています。

 

いわき市内郷(旧内郷市)は常磐炭田発祥の地だそうで、

結構、当時の遺産が残っているようです。

 

 

内郷宮町の宮沢団地奥で見かけた、かつての炭鉱住宅。

素晴らしいチョキ

 

 

パラボラアンテナが立っていますが、まだお住いの方がいらっしゃるようです。

 

 

こちらはほぼ廃屋ですね。

 

 

当時は共同便所だったんですねぇ

 

 

中を覗いてみますと・・・

 

 

小便器はこんな感じで・・・

 

 

大便器の方は塞がれていました。

 

 

こちらの便所は崩壊寸前ですなガーン

 

 

こういうのって近代産業遺産として、保存しても良いんじゃないかなぁグッド!

かつての炭鉱街はこのような住宅が沢山あったのでしょうけど、現在ではほぼ消滅しましたあせる

 

炭鉱夫の皆さんは大変な高給取りだったにも関わらず、いつ死んでもおかしくない労働環境だったため、

非常に金使いが荒かったとのこと。

 

いわゆる「飲む・打つ・買う」の歓楽街もあって、独特の街並みだったそうですが、

今ではその「雰囲気」を想像するだけです汗

 

 

その後木造住宅は整備されて、、このような平屋の長屋アパートが整備され・・・

 

 

更に「進化」したメゾリットタイプの「近代的」住宅もあっちこちに見受けられます。

空き家がほとんどですが、現在でも住んでいらっしゃる方がいますね。

ベンチレーターの構造から、どうやら「ポットン便所」のようですな。

 

でも昭和後期はこういう住宅が大流行しました。

「釣りバカ日誌」の浜崎家もこんな二階建てアパートが住処だったですな。

 

 

現在ではこのようなマンションに建て替えられていますが・・・

エレベーター無しで4階に住むのは(若いうちは良いとしても)ちょっと辛いですね。

 

 

常磐炭鉱の施設もちょっと残っていまして、これは水中貯炭場跡だそう。

掘削された石炭は空気に触れると酸化するわけで、それを防止するための施設だったんだろうな。

 

 

現在では駐車場となっていますが選炭場だったそうです。

炭鉱の専用鉄道もあったそうで、鉄道好きには溜まりませんが・・・

いろいろとリサーチが必要ですな。

 

 

 

内郷綴町の国道6号線沿いにある洞窟状の何かはてなマーク

 

 

こんなところに防空壕もおかしな話でして・・・

 

 

これは一体何の施設だったんだろうかはてなマーク