長いお産で力尽きてしまい、
圧出と吸引の力を借りて、
10/25 10:21、なんとか息子を出産しました。
②のつづきです。
胎盤が出されたり、会陰や膣壁を縫われてる間、力を抜いて楽にしてて、と言われましたが、言われるまでもなく完全に抜け殻でした
羊水を吸引してもらい、体もキレイに拭いてもらった息子が隣に連れてこられましたが、そちらへ顔を向ける気力も体力もなく…
しばらく休んだ後、やっと首を動かす気になり、息子と対面。
息子の小鼻がピクピクしていたことだけ覚えています。
それからまたしばらくして、
トイレに行くよう助産師さんに言われ、鬼かと思いました
トイレなんて全然行きたくないのに、助産師さんは排尿出来るか確認したいようで…
今思い出しましたが、分娩台に乗った時、ここからはトイレには行けないので、と尿管を付けられた気がします。
仕方なく、支えられながら陣痛室に戻り、室内のトイレに座りましたがやっぱり出ず。
病室までは車イスで戻りました。
部屋には朝食と昼食両方置いてくれていましたが、食欲もないし、また戻すのも怖いので、母に食べてもらいました。
60オーバーの母、5時前からお昼過ぎまで、飲まず食わずでずっと立ったまま私に付き添ってくれました。
母もしんどかっただろうなぁ…本当に感謝です
14時か15時頃には、少し母とお喋りするほど元気になり、寝たままおにぎりも1つ食べました。
でも大変なのはここからでした。
部屋に戻ってから、子宮収縮のチェックに助産師さんたちが交代で何度も来ました。
産褥ショーツを開き、下腹部を押してドロッと血を出してはパッドを交換してくれました。
その何回目だったのか、 血でシーツが汚れたようで、
シーツを交換するので立てますか?、と言われ、母と助産師さんに支えてもらい立ち上がりました。
そのまま母につかまって待ってたはずが、
名前をめっちゃ呼ばれる声で気がつきました。
目を開けると、母と助産師さんが至近距離で私を覗き込んでいてビックリ

ベッドに寝かされていました。
立ち上がってそのまま意識を失ったそうです

母によると、
気がついた後は普通に元気だったし、ただの貧血と疲れだと思い、16時頃には母に帰ってもらいました。
前日は仕事を早退、この日も仕事を休んで、ずっと付き添ってくれました。
母も疲れてるだろうし、翌日からの仕事に影響しないように早めに休んでほしくて。
でも母が帰った後、また意識を失ってしまいました
今度は、ベッドから車イスに移ろうとした時でした。
診察するから分娩室まで連れてくるよう先生の指示があったようで、助産師さんが2人迎えにきましたが、次の瞬間にはまた名前を呼ぶ声で気がついて
それからすぐに先生が部屋に来て、
産褥ショーツを開き、下腹部をめっちゃ押しました。
助産師さんの巡回時とは全然違う量の血がドボッドボッと出たのが分かりました。
先生は、何を見とったんや、チェックが甘い!、と助産師さんにめっちゃ怒鳴るし、
助産師さんは、1回目倒れた時すぐに診てくれたら良かったじゃないですか!!、て言い返してるし…
ケンカしながらも協力して、
私をベッドからストレッチャーに
1、2、3、と移して、バタバタと分娩室へ。
移動中もケンカしてました

ガチャガチャと器具が用意される中、
右腕に血圧計、右の人差し指に脈拍計(?)、両腕に点滴がつけられ、
両足はまた分娩台に縛られました。
さっき出産したばかりの、縫合したばかりの、そんな場所にまた何か入れられるのかと思うとめっちゃ怖かったです。
そして先生の怒りの矛先は私へ…

「なんで言わんねん!」
「相当しんどかったはずや!」
「あんたこのままやと明日には死んどったで!」
…て。
イヤイヤイヤイヤ、しんどいのは産後やからやと思うし、そんなん分からんわ〜、て感じでした

なんかごっつい器具が膣に挿し込まれ、
「出血場所探すからな、絶対動いたあかんで!」て先生に言われましたが、いっそ気絶したかったです。
器具越しにガーゼか何かをガツガツ突っ込まれ、器具をグッと少し回してまた何かガツガツ突っ込まれ、…

気が遠くなりそうなのに意識があるという…

朦朧としていたら、
「麻酔しますか?」
「いや、もうええ。このまま縫う。」
て会話が聞こえ、
処置が終わり、先生も落ち着いたのか、
モニター見ながら、
「出血のわりに、血圧も安定しとる。あんた元気やわ。」
「輸液しとるからな。もうラクになってくるはずや。」
と声をかけてくれました。
子宮の戻りが悪く、弛緩出血というのを起こしていたらしいです。
母子手帳の記録によると、
分娩時の出血とその後の弛緩出血の合計は1,309ml、結構な出血だったみたいです。
処置中、病院から家に連絡したようですが、我が家は誰も出ず…
産後のヘモグロビンの値は6.6、
基準値の半分程度まで落ちていて、
鉄剤を1日2錠2週間飲みました。
出産後2日は尿管をつけ、食事も歯磨きも全部ベッドの上で済ませ、助産師さんたちが用意や片付けなど全部お世話してくれました。
出産当日非番だった助産師さん達からは、
大変だったみたいね〜、頭が大きかったからね〜、と同じことを言われました

尿管が外れてからは、息子のお世話もゆっくり始めました。
シャワーは4日目ぐらいに。
たった15分ぐらいでも、立っているのがまだしんどかったです。
退院の時には、院内では割と普通に歩いたりシャワー浴びたり出来るようになっていましたが、外に出るとまた全然違いました。
歩くのも必死、カメのようでした

お股の痛みは、退院後数日で鎮痛剤に頼らなくてもいい程度にはなったのですが、
その後は尾骨辺りが痛くて痛くて…
あまりの痛みに泣きました

この痛みは結構長く続き、
1ヶ月以上、円座クッションなしでは座れませんでしたが、いつの間にか痛みも取れ…
回復するもんですね

今残っているのは、
ダルダルシボシボのお腹と
飛び出したままのおヘソ…
長くなりましたけど、
私なりに大変な思いをして産んだ分、
この先、イヤイヤ期とか反抗期とか、
心が折れそうなこともあると思いますが、