嘉門タツオの「愛めし」

57回「心震える蟹料理 かに吉」


 鳥取「かに吉」は2018年ミシュランガイド京都・大阪・鳥取版で2つ星を獲得してから、ようやく世間から注目され始めた。それまでの長い地道な努力が報われたのだ。特上の蟹を仕入れ極上の料理に仕上げられた、心が震える蟹料理がそこにはある。

 大将の山田達也さんは、ご両親が営んでいた大衆蟹料理屋の息子として生まれ、日本海を間近にスクスクと育った。体格の良い双子の兄弟で、幼い頃からアマチュア相撲で名を馳せた。兄は現在も埼玉栄高校相撲部の監督をされていて、貴景勝や豪栄道など多くの現役力士を角界に送り込んでいる名伯楽だ。大将自身も専修大の相撲部で実績を残し、家業の傍ら県境を越えた兵庫県浜坂高校相撲部のコーチを兼任し多くの若者を育てた。技術は元より、人としてどう生きるかを根本から説いて慕われている。東京でサラリーマンをしていた時期もあったが、父親が56歳で急逝して鳥取に戻って来た時は店の経営は決して順調とはいえなかった。お母さんの目利きと腕は確かだったので、毎朝共にセリに出掛けて教えを受け経験を積んだ。相撲同様、日々の積み重ねが力となる。年上でしっかり者の美人女将と結婚もしてサービス面も充実し自信が持てる域に至ったが、満員御礼の垂れ幕が出るには程遠かった。9年前に山本益博氏が行政の仕事で鳥取視察にやって来られた時に、ここぞとばかりに一気に前に出た。名刺を差し出して、20年間ずっと貴方に食べて欲しくて待っておりました。私の蟹の足を1本だけでいいですから食べてくれませんかと伝えると、飛行機までの僅かな時間を割いて店に来てくれた。そしてスープを口にしたその直後に次の予約を入れてくれたのだ。その後も何度も足を運んでくださり、大将の蟹料理の最終到達点の雑炊の旨さに何度も唸った益博氏は「魂炊(たますい)」と名付けてくれた。更に国内だけでなく海外の名店にも同行させてもらい、一流の出稽古をさせてくださっている。毎度の取り組みに工夫を重ねて客足も大将の士気も上がった先に、ミシュランの星が待ち受けていた。人を育てる立場の人間が、導かれて番付を上位に上げた。日本一の蟹と正面から立ち合うためにわざわざ出掛ける店だ。