日刊ゲンダイ

嘉門タツオの「愛めし」

42回「 昭和のたたずまい   神田まつや」



   関東大震災後に建てられた風情ある店の暖簾を潜ると昭和の時代にタイムスリップしたかの様だ。相席で肩寄せ合って蕎麦味噌、焼き海苔、板わさなどをアテに、ビールや日本酒をチビリチビリとやっている親父さんの横で、箸を上手に使って蕎麦を手繰る外国のお客さんもいて、和気藹々とした空気が漂っている。

  ご主人の小高孝之さんは6代目。中高生の頃は、常連だった作家の池波正太郎さんのお宅に年越し蕎麦を配達に行き、お年玉や本を貰った事もあるそうだ。跡を継ぐものと思って育ったが、お父さんから「大学に行って人の輪も育てて来なさい」と言われて進学し、卒業後店に入る。老舗の変えてはいけない部分と、変えなければならない所の見定めが重要だとおっしゃる。確かに、女将が帳場で昭和初期のレジに現金を収める姿は味があり、これが電子マネーに取って代わると情感がなくなる様な気もする。ビールはサッポロの赤星が常備してあり、それしか飲まないお客さんも多いと言う。日本酒は昔からずっと菊正宗一種類だが、更に純米酒やワインがラインナップされる事を期待する。増え続ける外国のお客様用に、近年写真付きのメニューを出すようにした。これは良案で、品書きを英訳するのは極めて難しいが一目瞭然でどんなものが出て来るか誰にでもわかる。このメニューが登場するまでは、客席を行き来して注文を聞く熟練のお姉さん達が質問に窮する事もあったらしい。

お父さんからバトンを受け取り、体力勝負の蕎麦打ちを続ける小高さん。若女将の貴子さんとの間に女の子3人と男の子1人がいる。食事の席でも時々ご一緒する貴子さんは、いつも笑顔が美しいお母さんだ。富山から大学進学で出て来てバイトの面接に来た貴子さんを小高さんのお父さんが気に入って採用されたそうだ。若旦那が東京のあちこちを案内デートして、彼女が卒業すると同時に結婚。小高さんが嬉しそうに話す4人のお子さん達の個性が面白い。長女は演劇、次女は鳥人間コンテスト、三女はチアで、長男は野球に熱中している。お父さんの背中を見て育った子供達の手も離れたので、今は貴子さんが帳場を仕切る。伝統を守りつつ、今後どの様に変化してゆくのか楽しみだ。