嘉門タツオの「愛めし」

25回「綱を束ねる   天ぷら つな八」


   新宿東口に本店がある天ぷらつな八は、全国に40店舗を構えている。3代目社長の志村さんとは、食の会を通じて15年程のお付き合いになる。年に4回つな八の別館のつのはず庵で友人主催の四季折々の天ぷらとワインを合わせる会が開催されており、スケジュールが合えば楽しみに伺っている。揚げたての旬の食材を箸で切ると、衣を纏った素材から香ばしい湯気がフワッと香る。ワインの酸と天ぷらの油がとても良く合うのだ。元々は魚屋さんの次男だったおじいさんが、おでん屋、割烹やキャバレーなどいろいろやってみた末に大正13年に創業。実家が魚屋である事を生かして活けの車海老や穴子をその場で捌いて即座に揚げる手法が評判になった。実は当初の屋号は網八(あみはち)だったという。おじいさんが達筆で、看板に網八と書いたのを見たお客様が読み間違えてつなはちと呼ぶようになった。ならば綱のようにみんなを束ねていこうという事で綱八になったそうだ。現在数百人の職人と社員を束ねる志村さんは、まずは接客から覚えてもらうと言う。気配りに礼儀作法、提供する間をホールで身に付けたのち厨房に入る。捌きを覚えてから揚げるまでに3年半はかかると言う。油は胡麻油100パーセントで愛知県蒲郡市にある竹本油脂製の物を使っている。約2年前あるパーティーで志村さんに竹本油脂の専務さんを紹介してもらい、蒲郡に行った際に工場を見学させてもらった。昔は国産の胡麻を使っていたが、今は巨大なコンテナでアフリカから運ばれて来る。港で不純物を取り除き工場のラインにはめ込まれ、太白油はそのまま絞り、黄金色の胡麻油は焙煎してから絞る。あんなに粒の小さい胡麻を見上げるほど巨大なシステムで抽出しているのを目の当たりにした後につな八で天ぷらを食べると、遥かアフリカで芽吹き現地の人の手積みで収穫されて船旅でようやく日本に着いた胡麻の存在が愛おしく思える。つな八では太白油と胡麻油を独自のバランスで調合し、それぞれ食材を揚げている。日本を訪れる多くの海外のお客様に、天ぷらという文化を食べていただきたい。本物の天ぷらを海外にも広めて行きたい。志村さんの視線は世界を見つめ、束ねた綱は力強く太い。