嘉門タツオの「愛めし」

第6回「ハギーの哲学   オリーヴァ」


 学芸大学駅至近にある「地中海食堂オリーヴァ」。萩原シェフとは長い付き合いで、僕らは彼のことを「ハギー」と呼んでいる。2001年から9年間続いた伝説のリストランテ、赤羽橋の「カメレオン」で一世を風靡。毎月メニューを変え続けが、レシピは存在せず、全てシェフの頭の中にあった。僕もその時代に彼と出会い、その独特な存在感と魔法のように供される13品のコースの虜になった。それだけに、絶好調のさなか突然のクローズはショックだった。理由を聞いたら「疲れちゃった」とのこと。いちいちアーティスティックなのだ。

 19歳の時から、まだ珍しかった青山の高級イタリアンで修業。その後単身イタリアへ渡り、トップクラスの店からリゾート地のリストランテまで渡り歩き、各地で「面白い東洋人が来た」と珍しがられ重宝された。帰国後、青山「エルトゥーラ」で8年腕を振るう。この頃「料理の鉄人」などのテレビで名を売った。店のクローズに伴い立ち上げたのが「カメレオン」だった。電熱器を使うオープンキッチンで綺麗な料理を作るのがテーマだ。調理場もミリ単位で設計してあり、たちまち評判になった。発想が天才的なので、スタッフはなかなか付いて行けない。根底にはとんがって攻める!という哲学が常にあった。チリチリの天然パーマと鋭い眼光の容姿には近寄り難いオーラがあった。「カメレオン」の幕を降ろした後は、飲食のコーディネーターとして何店舗かを立ち上げて采配。そして3年前、学芸大学に「オリーヴァ」をオープンする。今回のテーマはカジュアル。イタリアから範囲を広げて「地中海食堂」とした。店名に由来するオリーブが生えている地域の料理を提供する。ギリシャ、トルコ、モロッコなどのテイストの品々はシンプルだけれど、明らかにハギー精神が反映している。カメレオン時代からのファンも遠くから足を運ぶ。

 将来は地方の海が見渡せる崖の上で、オリーブ畑に囲まれたオーベルジュをやりたいと言う。

 そんなハギーは最近初めての子供を授かった。可愛い女の子だ。ハギーの表情も柔和になった。この子のためにも、まだまだ腕を振るってもらわなければ。僕らはハギーの料理を食べるために今日も東急東横線に乗る。