嘉門タツオの「愛めし」第4回「眼光鋭い肉の格闘家 裏虎」


辛永虎。眼光鋭いこの男。格闘技系焼肉屋。アンディ・フグのトレーナーを務めた事も。「ハラミ」という名前を、世に広めたのは辛さんだった。焼肉業界に参入した当初は、良い精肉が手に入らず、仕方なくまだ需要の少なかったハラミを仕入れた。カルビやロースを注文する客に「ハラミの方がウマイよ!」と半ば強制的に食べさせハラミ信者を増やして行った。バブルの追い風に乗って4店舗まで広げたが、恐怖の2001年、BSE旋風でお客がパタッと来なくなる。さぁ、どう乗り切る?恵比寿の店「虎の穴」だけを残し、試行錯誤の日々。素朴な疑問を丁寧に考察し実行し始めた。「なぜ心底ウマイすき焼き屋が少ないのか?そうか!俺がやればいいんだ!」焼肉以外のテリトリーに視野を広げる。とことん追求し、考え抜いて取り組む。その頃から僕は通い出した。丸8年毎月欠かさず「嘉門会」と名付けられた集まりで、毎回テーマを決めて辛さんが挑み我々が受け止めた。何度か予行演習をして本番を迎える。ステーキ、牡蠣、おでん、めかぶ、タコ、餃子、冷やし中華、タラ、イワシ、新米などなど。どう取り組めば最高レベルになるか入魂の世界が展開した。とことんこだわる性分なので、デザートのカキ氷は富士山の水を凍らせる。ソフトクリームを氷にしてフレッシュフルーツの絞り汁をかける。カキ氷専門店として独立させる。そしてその店の裏の空きスペースにオープンしたのが会員制ステーキハウス「裏虎」だ。ステーキとカキ氷は定番だが、その時々の食材に合わせて辛さんワールドが繰り広げられる。付いていくスタッフも大変だが完成度は高く、口の肥えた面々を満足させる。

辛さん、焼肉に携わる前は塾の先生だった。理路整然かつスパルタで、生徒の成績は面白いように伸びた。その姿勢で客に向かっていく。「今食べて!」と支持を出し間違った食べ方をするとゲキが飛ぶ。話は食のみに止まらず、文学やエンターテイメントにまで及ぶ。一緒に韓国を旅すると、緻密で完璧なスケジュールを組む。人生、どこかに近道はないかと考えた時期もあったそうだが、それはないと悟った。楽をせずに納得いくまで手間をかけて食に向き合う。辛さんの理屈や考え方を聞くのを楽しみに訪れるファンが多い。敵も多いけどね。