嘉門タツオの「愛めし」〜自腹で一億食べました〜
第三回 「ファンタジー割烹 盡」
元々は兵庫県芦屋市にあった。看板がなく「芦屋の名も無いレストラン」として知る人ぞ知る存在だった。満を持して2017年秋に銀座進出。関西の常連保護者達はその船出を大いに心配したが、数ヶ月でその独自性が評判を呼び瞬く間に予約が埋まった。
他では食べた事のない品々が十五皿ほど出てくる。奇をてらっているのではない。あくまでその素材に真摯に向き合い、いかに生かせることが出来るか?と言う考えが根底に深く存在するので、押し付けがましさは一切ない。
品のいいシャンパーニュやブルゴーニュ中心のワインとのペアリングも嬉しい。鰹、昆布だし、醤油は一切使わない。パンとバターは自分で作る。「和食でもイタリアンでもフレンチでもない私の料理には、芸術性もストーリーもありません」と言う。確かに作為的な芸術性などは意識されていないのかもしれない。しかし細部に渡ってシェフの哲学が反映する劇場なのだ。客は座った時からストーリーに身を委ねる。
テールの鍋が下手に、あさりと牡蠣の鍋が上手に配され冷蔵庫に包丁や食器、全てが緻密な舞台セットであり、品のいい大道具と小道具だ。キャストは料理、製作総指揮はもちろんシェフ。
一級素材にアイデアを足してゆく。さり気なく照明を当てる事もあれば、大胆な転換もある。眼前で展開される作業に目を見張る。出来上がるのを心待ちにする。膨大であろう下仕事に潜む工夫の答えを当てるのも、探って誤答の末正解を聞くのも楽しい。フィナーレは南部鉄すき焼き鍋を用いてあさりと牡蠣の出汁で炊いたおこげ混じりのごはん。満足した僕らは心の中でスタンディングオベーションを送る。
あー楽しかった!と店を後にしてエレベーターが一階に着くと、6階から先回りしたシェフが見送りに。テーマパークのキャラクターだ。ファンタジー割烹「盡」。「盡」は「尽」の旧字体。この文字を描いたのは落語家、桂南光師。芦屋時代からシェフの大ファンなのだ。実は35年前、僕のデビューシングル「ヤンキーの兄ちゃんの歌」のジャケットを描いてくれたのも、当時「べかこ」と名乗っていた南光師なのだ。お互い関西から出てきて、更なる独自性をはらんだ大衆性を追求してゆきたいものだ。
(諸事情で10月末で一旦閉店されましたが、シェフへのエールとして、掲載させていただきました)