嘉門タツオの「愛めし」~自腹で一億食べました~


第二回 「親方のおかげです 晴山」


 港区三田にある割烹「晴山」。オープンして8年目。四季折々の料理が実に楽しい和食界の雄だ

 店主の山本晴彦さんは栃木県足利市出身。抜きん出た才能もなくパッとしない少年時代を過ごしていたが、中学2年の時に転機が訪れた。共働きの両親が育てていた家庭菜園に茄子が実っていたので、時間つぶしに挽き肉と合わせて煮物を作った。帰宅した両親がそれを食べて大絶賛!料理で初めて両親を喜ばせる事が出来たのだ。それからは小遣いで料理本を買っては、作る楽しさを覚える。この道に進もうと決意し、高校を卒業して専門学校に入学。そこに講師としてやって来たのが、岐阜の料亭「高田八祥」の高田晴之さんだった。他の先生と比べて圧倒的に話が面白く、積極的に質問を投げかけたら納得いくまで教えてくれる。「この人のところで修業したい!」と真から思い、卒業後岐阜での生活が始まる。料理業界は縦社会。山本さんは新人ながら勘が良く親方からも可愛がられたので先輩にとっては目障りな存在だ。周りからの風当たりが強くなり、もうこれ以上耐えられないと1年勤めた頃にトンズラを決行。岐阜から栃木の実家にすごすごと帰ると、なんと家の前に高田の親方が立って待ち構えていた。近くの店で食事をしながら「こっちもいろいろ考えるから戻って来ないか」と諭される。親方自らの行動に打たれ、猛省して岐阜に戻り、みんなに謝り再スタート。腕を磨いて系列店舗も任されるようになり、十二年が過ぎた。満を持しての東京進出。センスの良さが評判を呼んで予約困難な人気店になった。夏場の鮎は岐阜県の郡上から入れる。魚のほとんどは、岐阜時代に親方が使っていた魚屋から仕入れている。献立は季節で変わるが、特に印象深いのは「ズワイガニのカニクリームコロッケ ホワイトソース」「鮑の石焼 肝ソースに雲丹ご飯」「蒸し鮑と雲丹の冷製稲庭うどん」「花山椒・月の輪熊鍋」「ソースで食べる鮎フライ」などなど。先付に添えられるジュレの塩梅、出汁に混ざりゆく季節ごとの真丈、締めのご飯のレパートリーは三十種類以上にのぼる。自身が親方に育ててもらったと言う意識があるので、後進の育成にも力を注ぐ。清々しさを感じる店だ。