今日は地元の夏祭りだった。

夕方頃、どこかで太鼓をたたく音が聞こえ、商店街からガヤガヤという声が聞こえてくる。



我が家は毎年この夏祭りをブラブラすることにしている。

小さな家族サービスであるが、出不精の私からすれば、酷暑の中人混みに繰り出すなんて正気の沙汰じゃない。そう、我が家もなんとか正気を失って祭りに繰り出しているのだ。



ゾンビとなった我々は、子供が喜びそうな出店を選んで遊んでやることとする。本日の獲物はボール落とし、スマートボール、缶釣り、ヨーヨー釣りだ。最近の出店は進化しており、ペイペイでの支払いが可能だ。ゾンビはペイペイにも対応している。子供たちはとても素直に楽しんでくれた。ゾンビになった甲斐もあろう。



夜店について思い返すと、私は昔からこういう祭りごとで無邪気に遊んだ記憶がない。「この紐くじに対して払ったお金で得られる景品は、なんか釣り合わないな」とか考えていたように思う。今思えばただのアホでしかない。こういうイベントは原価とか対価とか考えずに、興じるのは皆自然と分かっているのだ。なぜわからんか。

あと、通りすがりの地元の女子中学生に「どこ見てんだよ!」と難癖をつけられたことがある。「え、はあ」と気の抜けた返事をしたようなしていないような。ほんとにどこ見てたんだろう、自分。



夜店を一通り遊ぶと、町中華で晩ご飯を食べた。子供の「これ食べたい!」ものを注文するのだが、こういった店で注文したものを最後まで食べてくれたことはない。最初から神への供物として注文するのだが、もったいないので親の胃袋に頑張って入れる。その供物はやがて腹回りの立派な浮輪へと成長する。この浮輪、手塩にかけて育てていきたい。



町中華のあとにクレープを買って食べた。これも子供が「食べたい!」といったからだ。あれほど中華を食べたというのにまったく。30代の両親の胃袋をなめるな、胸焼け確定だわ。それでも子どもにせがまれると買ってしまう。なんと甘いのだろう。だが、夜店にしろクレープにしろ、子供との一夏の思い出にお金を払うと思えば安いものなのかもしれない。