佐藤孝行氏
佐藤孝行氏死去
佐藤氏は97年9月、第二次橋本改造内閣で総務庁長官として念願の初入閣を果たした。だが、ロ事件で有罪判決を受けた過去に世論の批判が集中し、12日間で辞任に追い込まれた。00年の衆院選で落選。03年の衆院補選で不出馬を表明して引退した。
自民党道連の竹内英順幹事長(51)は「ある意味、波瀾(はらん)万丈の人生だったが、北海道や自民党に大変貢献して下さった。亡くなったのは痛恨の極みだ」と話した。
民主党の鉢呂吉雄衆院議員(63)は、小選挙区導入後の96年と00年、衆院道8区で佐藤氏と議席を争った。「2世でも官僚出身でもなく政治家になり、かなり苦労したと思う。政治的立場は別として、人を引きつける政治家だった」と惜しんだ。
一方、佐藤氏がロ事件で逮捕された当時、「政治倫理を求める市民の会」を立ち上げた函館市の山崎英二弁護士(64)は、「一つの時代が終わったといえるが、小沢一郎氏の政治資金問題もあり、政治は決してよくなっていない。事件を風化させてはいけないし、政治家に監視の目を向け続けなければ」と話した。
週刊ポストが報じた日本の真実
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