社伝によれば、弘仁十三年(822)に小野岑守が逢坂山の坂の守護神として猿田彦命・豊玉姫命を逢坂山の山上(上社)と麓(下社)に祀ったのに始まるとされる。貞観十七年(876)に従五位下を授かった近江国「坂神」に相当する国史見在社と見られている。


http://kamnavi.jp/en/oumi/semimaru.htm

丹波国何鹿郡の延喜式内社である。
度會氏『神名帳考證』大屋彦神
 祭神を大屋彦神とする見解であるが、ヤヒコに大をつけると大屋彦、一方、イ+ヤヒコともできる。偉大なヤヒコ、神社名のイヤ神社とはイヤ神を祭ると言うことだから、これを重視すると大屋彦とすることは不自然ではない。


http://kamnavi.jp/it/kinki/yamagaiya.htm