『牛頭天王由来記』によれば、貞観十一年(869)播州広峰神社から京都八坂神社へ「牛頭天王」(素盞嗚尊)の分霊をうつす途中、その神輿がここに一泊したといわれている。以来、当地でも祀り続け、今日に至る。 京都より2~3日早く鎮座したことが氏子の自慢だとか。
江戸時代の終わりまでは、神仏習合思想の影響ににより、素盞嗚尊と牛頭天王(ごづてんのう・ インド祇園精舎の守護神・疫病よけの霊験あり)とが習合された関係で、この神社は、牛頭天王社と称され、また、同じ素盞嗚 尊をおまつり京都祇園で、八坂神社の古い社号をいただき、感神院とも称されました。