熊野ではケガレがエネルギーとなって昇華して、聖地となった。熊野詣では海辺を通れば潮垢離を、川を渡るたびに水垢離を行って旅を続けた。藤原定家が後鳥羽院の熊野御幸にお供をし、ある民家に宿をとったところ、死人が出た禁忌の家と知って慌てて海岸に戻って、水垢離、潮垢離で身を浄めている。風邪をひいたと言う。穢れた身では熊野に入れないのである。



http://kamnavi.jp/og/ugahare.htm

小栗判官の笠かけ松と照手姫の腰掛け石がある。小栗判官と照手姫は「説経節をぐり」などに登場する架
空の人物であるが、熊野古道よりも小栗街道の名を普及させ、このような伝説の地まで出来てしまう。





http://kamnavi.jp/en/izumi/izumiyasaka.htm
宇佐から京の石清水へ八幡宮が勧請されていく途中にこの島の麓に停泊し、「此の山清浄なり、我もっとも愛す。暫らく祭祀し奉り路を進むべし」とのご神託があり、それが創祀譚。


http://kamnavi.jp/en/sanyou/kameyama8.htm