加麻良神社は子供の守護神として、夜泣きを止めるとして篤く崇敬されてきた。伝説に依れば、神代の昔

二宮村の氏神(大水上神社)の許に少彦名命が来て毎夜泣き叫ぶこと甚だしく、大水上神は木桝を作りて

少彦名命を乗せて水に流した。流れ着いたのが加麻良神社の現在の鎮座地と言う。






http://kamnavi.jp/en/sikoku/kamara.htm

 南都大安寺の僧行教は、清和天皇の貞観元(859)年、豊前国宇佐八幡大神の「吾れ都近き石清水男

山の峯に移座して国家を鎮護せん。」 との御託宣を蒙った。
 行教は紀氏の出であったために代々の別当には紀氏出身僧が多く任じられ、なかでも御豊(みとよ)系

紀氏一族が検校・別当を独占した。 のち別当家は田中・善法寺両家に分立した。紀氏(朝臣)の中央での

活動の最後をかざるのが石清水八幡宮の運営。



http://kamnavi.jp/yamasiro/iwasimizu.htm
『先代旧事本紀』 には、祭神名として天照國照彦火明櫛玉饒速日命と書かれている。これは饒速日尊=火明命 であると云う意味である。
平安時代に纏められた『新撰姓氏録』では、饒速日尊は天神、火明命は天孫となっている。

http://kamnavi.jp/log/uganigihaya.htm