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私が妻の抗がん剤治療に付き添わない理由


私が妻の抗がん剤治療に付き添わない理由

■がん患者のなかに、健康な人が混じると

腫瘍・血液内科がある階の長い廊下を突き当りまで歩いていくと、外来化学療法室があります。ここで抗がん剤治療が行われているのです。

この部屋のドアはいつも開かれたままで、少し奥まったところに受付があり、なかの様子は、外から見えないようになっています。部屋を囲むようにして、立派なリクライニングチェアが20台ちょっと壁側に並んでおり、すべてカーテンで仕切られています。

各仕切りには、天井から番号のプレートが吊るされており、カーテンが引かれているところでは、抗がん剤治療が行われているのです。

妻の抗がん剤治療が始まってから3週間に1度、私は妻とともに、この外来化学療法室に通っていました。妻が座るリクライニングチェアの横に折りたたみイスを置き、毎回2時間ほど妻に付き添っていたのです。必要に応じて妻に、口内炎と味覚障害の軽減に効く氷や、飲み物を渡したり、身体の末端に抗がん剤が溜まらないようにするための手足にするアイスグローブをつけたり、膝にブランケットを掛けたりするなどしていたのです。

平日の午後ということもあってか、ここで会う患者のほとんどは女性でした。痩せ細っていかにも具合の悪そうな人でも、妻のように付き添ってもらっている人はごく少数で、そのことが不思議でなりませんでした。付き添いがいれば、少しは不安もやわらぐはずなのに、と思ったからです。ただ、通院に付き添ってもらう人はめずらしくないみたいですが、なぜか外来化学療法室まで付き添ってもらう人は、滅多にいなかったのです。

何度か妻の抗がん剤治療に付き添っていると、その理由がわかったような気がしました。患者のほとんどが、髪の毛が抜け落ちた頭を隠すためウィッグやケア帽子を被り、痩せ細って顔色が悪く、肌も荒れているのです。もし私が逆の立場だったら、付き添いの人とはいえ、見られるのは嫌ではないか、と思ったのです。ましてや患者のほとんどが女性です。実際、私を見て少し驚いたような顔をする人もいました。外来化学療法室の看護師のなかにも、私が妻に付き添うと、少し困ったような顔をする人がいました。

これらのことからすると、私が妻に付き添うのは、大げさなのかもしれません。下手をすれば、無神経なのかもしれません。

妻が主治医に仕事を辞めたことを伝えると、「どうして?」といった答えが返ってきたことからしてもそうです。働くことで気持ちに張りができる、と主治医は考えていたのです。私には、がん患者が働くのは過酷なことに思えましたが、実際、がんになっても働き続ける人は、めずらしくないみたいです。これらのことを考えても、私が妻に付き添う必要はないように思えました。

そのことを妻に話してみると、「たしかにそうなのかもしれない」という答えがかえってきました。もし外来化学療法室の患者で、私の存在にストレスを感じている人がいたら、配慮が足らなかったことになり、大変申し訳なく思います。妻の場合、抗がん剤治療による副作用は、ほかの人と比べると軽いほうなのですから。

外来化学療法室は医者でも看護師でもない健康な人が、足を踏み入れてはならない聖域なのかもしれません。ここのドアのすぐ横に、長イスが置かれていることを考えても、余程なことがない限り、私のような健康な人は、ここで待っていなければならないのかもしれません。本当のところはどうかわかりませんが、それ以来、妻の通院に付き添っても、抗がん剤治療には付き添わないことにしたのです。

■がんの知識を増やすより、やるべきことはある

家族ががんになると、がんについていろいろと調べる人は少なくありません。なかにはそれが家族の義務だと思っている人もいます。これは家族愛からくることで、否定されることではありませんが、がんについては素人の知識よりも、まず主治医を信じるべきだと思っています。信じることができないのなら、ほかの病院で診てもらうべきでしょう。下手をすればがんは、死に至る病だからです。

家族の者ががんになると、何かと心配なのはわかりますが、素人判断であれこれいっても、治療を受けている側からすれば、混乱するばかりです。これは私も犯してしまった失敗です。下手をすれば闇雲に健康食品をいくつも買ってしまい、散財につながりかねません。がんについてまったく調べないのはダメだと思いますが、まずは主治医を信頼し、必要に応じて、がんのことを調べる程度でいいのではないか、と個人的には思っています。

私の場合、がんの知識を増やすより、少しでも多くの家事を手伝うようにしています。家事が溜まっているときは、通院に付き添うのをやめ、家事を優先することもあるくらいです。家事をこなすのは何かと大変ですが、闘病している人ならなおさらです。だからこそ、負担の軽減になると思うのです。家事以外では、どういうふうに気遣えば妻がラクになるのか、よろこんでくれるのかを考えるようにしています。

なんだかエラそうなことを書いていますが、家事を手伝うことも、妻を気遣うことも難しいものです。私の場合、まだまだですが、無理はしないようにしています。無理をして続かなくなったり、仕事に支障を来したりしない程度にがんばっているのです。がん患者にとっても、家族の者にとっても、長期戦でがんと対峙するには、かんばり過ぎないことが大切だと思っています。

(フリーランスライター 桃山透=文)


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