禁足地
聖域は本来入るべきではない場所。
禁足地とも呼ばれていた。
なぜならそこは神聖な場所だから。
聖域には役割があり、意味があり、存在する見えない者たちがいた。
地域全体・日本全体のパワーバランスを保持する柱となる場所であった。
入ることを許されるために禊(みそぎ)というものがある。
禊場は川、滝、海。
穢れ(けがれ)を洗い流し、自らを神聖な状態にする。
穢れを流し、清浄な状態を目指す。
それが修行。
山伏や神職・僧侶に修行が必要なのは、己の穢れを洗い流し、清浄な状態にしていく過程が修行だったからだ。
だから修行を終えた者が入ることが出来る「禁足地」というのは「自分自身を徹底的に浄化した状態で入る場所」という意味でもある。
聖域に敬意をもち、聖域たる意味を理解し、祈りを持ってエネルギーを維持し護っていく者たちが入れる場所。
それが「禁足地と呼ばれる聖域」
聖域がパワースポットと化した今、禁足地は誰もが容易に入ることができ、安易に入っていく者たちがいる。
聖域をいじればバランスが崩れる。
聖域が聖域でなくなることで喜ぶ存在たちもいる。
その1つが「もののけ」。
聖域を穢すとその神域を護る者たちの祟りも起きる。
なぜ祟りが起きるのか。
幾重にも祈り続け護ってきた者たちのエネルギー体。
この攻撃対象(怒り)に触れるのだ。
今でも人知れず聖域を維持している祈り人たちもいる。
聖域はパワースポットとも言われるが。
昔の人々が修行と禊ぎによって祈りを入れてきた場所だ。
聖域への敬意。
敬意なきは災いあり。
その災い
子孫が受け継ぐ。
ご参考までに。
お読み頂きありがとうございます。
ご縁に感謝