夏のうだるような暑さが続いている。

昌平は坂道で自転車をこぎながら道路の上をゆらゆらとする陽炎を見ていた。

昌平の家は、急な坂の多いこの街でも上のほうにある。そのため縁側からは海が一望でき、さらに町全体の勾配がきついので、清水の舞台さながらの景色だ。そして昌平はその景色がとても気に入っていた。

「ただいまー」

「あんた宿題は?」

「今帰ってきたばっかりやけん、後で後で」

玄関でスニーカーを脱ぎ捨て、冷蔵庫を勢いよく開ける。ひんやりとした感覚に酔いしれながらも、ラムネを一本取り出した。

縁側に腰をかけ、海を見た。凪いだ海には釣り船とヨット、小さなブイが見える。よく晴れているので、水平線の向こうに広島が見え隠れする。そして圧倒的な存在感を持った入道雲が、海の上であぐらを掻いて座っていた。

「あはは、大火事やけ」

昌平はラムネを飲みながらその入道雲を見て笑った。

「昌平、帰ってきとったか」

「じいちゃん、広島が大火事や。煙があんな出とるよ」

「ほんまや。大火事やなぁ」

昌平は祖父が大好きだった。いつも縁側に腰をかけ、二人で海を見ている。

次の瞬間、広島は爆発した。

大きなきのこ雲が轟音を立てて舞い上がり、空が一瞬夕方のようになった。広島の上空を戦闘機が蝿のように舞っている。

「昌平、ありゃ入道雲とちゃうわ、ホンマもんの煙や」

「そうやなぁ・・・」

その9日後、日本は米国に無条件降伏を申し出ることになったのであった。