髪長私学2 第3話 | 人生は後半からがおもしろい‼

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人生の後半を自分らしく生きる。そして心身ともに健康で、満足いく人生を生きる。そんな自分の軌跡を綴るブログ。Since 9,January 2009

~第3話~ 親子の願い

母親と吉岡 結は、道に迷いながらも坂本の自宅までたどり着いた。アポなしで自宅を訪ねたことへの罪悪感も多少はあったが、やはり娘に最大限の配慮をして下さった先生に感謝の気持ちを伝えたい。その想いがチャイムを押させた。

インターホン越しに来意を伝え、母親と結は少しドキドキしながら待った。程なくして坂本がドアを開けた。その瞬間、

結「先生、坂本先生! どうして辞めてしまったの?」

母「先生・・・。」

玄関先ではゆっくりと話が出来ないと思い、坂本は二人を自宅に入ってもらうことにした。それほど広くない自宅に二人を招き入れた。そしてソファーに二人を案内して、話を伺うことにした。

 

坂本「こんな狭い所で申し訳ありません」

母「いえいえ、こちらこそ突然お伺いしまして、誠に申し訳ございません。何も存じ上げなかったとは言え、今回の件で先生を非難してしまったことをお詫びしたくて・・・。」

母親と結は、共に坂本に対して頭を下げた。

母「娘に水をかけたことをどうか気になさらないで下さいね。あれで良かっんですよ」

結「そうですよ、先生。私ね、絶体絶命のピンチだったんです。でも、先生が頭から水をかけてくれたお陰で、恥ずかしい思いをしなくてもよくなったんですから。」

坂本は結に向かって優しく話しかけた。

坂本「あの時は正直迷ったんだよ。でも、あの方法しか思い浮かばなかった。今でも、あれで良かったのかどうか・・・。本当にごめんよ」

結「先生、謝ることないです! 先生がバケツを持って、私の前に立った時、目配せしたでしょ? あの合図で分かったの。私のことを理解してくれてるって思いました。だから水をかけられた時、嬉しかったもん」

母「先生が娘にして下さった心遣いに、改めて御礼を申し上げます。本当にありがとうございました!」

坂本「そこまで仰って下さるなら、今回の私の行動はあれで良かったということでしょうかねぇ」

少しホッとした表情で坂本は答えた。

 



母「ところで坂本先生、学校を依願退職されたと聞きました。どうしてまたそのような・・・」

結「私のことで学校を辞めたのでしょ?!」

母親と結は、今回の件で坂本が依願退職したのではないかという一種の懸念を心に抱きながら聞いてみた。

坂本「その事ですか。今回の件で辞めたわけではありませんよ。切欠にはなりましたけどね」

曖昧な返事に要領を得ない二人は、更に詳しい説明を求めた。

坂本「実は以前から辞めようと思っていたんですよ」

意外な返事に二人はお互いに顔を見合わせた。どうして坂本は辞めようと思っていたのか。それには十数年にわたって積もり積もったストレスがあったのである。

坂本は学生時代に学習塾でアルバイト講師をしていた。そこで授業力に磨きをかけ、多くの生徒たちに数学の楽しさを教えた。授業や生徒対応を高く評価され、それを中学校でも実践したいと思っていたのである。

ところが中学校の現場は、坂本の理想から大きくかけ離れていた。部活動の顧問や素行に問題がある生徒への対応。さして重要だとは思えない教育委員会への書類提出に追われる毎日。授業以外に多くの時間を奪われ、休日も取れない状況だった。

さらに他の先生たちの授業力の低さにも呆れていた。学習塾では、生徒や保護者から授業アンケートがなされ、評価が低い先生は授業を外されたり指導を受けることになる。

 

ところが、公立の中学校では、誰も先生たちの評価をしない。詰まらない授業をしても、誰も何も言わない。先生たちも自分自身で授業に磨きをかけようともしない。そんなぬるま湯体質の職場に嫌気が差していたのである。

坂本は授業力向上のために、教材研究に多くの時間を使いたかった。しかし、日々の業務に追われ、ほとんど時間が取れなかった。そのため、再び学習塾で自ら培った授業力を活かそうと思っていたのである。

母「そうだったのですか。中学の先生方は大変だという話は聞いていましたけど、それほどだったとは思いませんでした」

母親は坂本の依願退職の件はこれくらいにして、次の話に移ろうとしていた。

母「坂本先生、実はもう一つお話があって伺いました」

坂本「と、言いますと・・・」

母「はい、実は昨日から娘とよく話し合いまして」

ひと呼吸置いて、母親が話し始めた。

母「やはり今回の件で、娘は学校には行きたくないと申しまして。小学校の時もクラスに馴染めなくて不登校になってしまったのです。どうしても、この長い髪が原因になってしまって」

結「こんなに長い髪をした子は他にいないし、羨ましいと言って仲良くしてくれる子もいます。でも、長い髪に嫉妬して意地悪する子もいるの」

母「ですから、どうか坂本先生、娘に勉強を教えてやって下さらないでしょうか」

坂本「えっ、この私に?」

結「坂本先生、私ね、先生の授業を聴いた時に思ったの。とても分かりやすいし、この先生なら勉強を頑張れるって」

結はこれまで見せたことがないような明るい表情で話を続けた。

結「小学生の頃は勉強が苦手でした。特に算数が。中学に行くと、数学という科目になって、もっと難しくなると聞いていたの。だから、私には絶対に無理だろうなと。でも、坂本先生に教えてもらえれば、数学が好きになりそうな感じがしました。授業の後半はトイレを我慢していたので、そんな余裕はありませんでしたけど」

少し照れながらも、自分の気持ちを素直にぶつけてみた。そこまで頼りにされているのかと思うと、坂本も心底嬉しい。そして自分の授業で勉強に前向きになってくれている生徒がいることに、教師としての充実感を感じた。

坂本「分かりました。今のお話、引き受けましょう!」

その瞬間、母親と結はまた顔を見合わせ、笑顔で坂本に御礼を言った。

母「坂本先生、ありがとうございます」

結「先生、ありがとうございます。本当に嬉しい!」

坂本「ただし、条件が二つあります」

母親と結は少し戸惑い、神妙な顔つきで坂本を見た。

 



母「条件・・・と言いますと」

坂本はゆっくりと話し始めた。

坂本「一つは勉強を続けること。人は苦手なことを続けるのがとても辛い。だから出来ることならしたくない。ましてや勉強は。今の気持ちを大切に持ち続けてくれるなら、私が結さんの家庭教師になりましょう。しかし、途中で嫌になって投げ出してしまうのなら、最初からお断りします」

結「先生、私がんばります! 苦手な勉強も、坂本先生と一緒なら続けられます!」

母「私も娘を励ましながら頑張らせますので、どうか宜しくお願い致します」

坂本「その言葉、その決意、どうかいつまでも忘れないで下さいね」

母親と結は、もう一つの条件が気になっていた。だが、坂本は口を開かない。一方の坂本も迷っていた。条件は一つだけでも良かったと思ったのだ。しかし、二つあると言ってしまった以上は言うしかないと心に決めた。

母「坂本先生、もう一つの条件とはどのようなことなのでしょうか?」

坂本「一つ目の条件は、結さんにとって大事なことです。そして二つ目の条件は、この私にとって大事なことなのです」

それを聞いて、母親は表情を曇らせた。やはりそうか・・・。この度の娘の件で、坂本先生は依願退職をしている。だから収入がなくなるのだ。家庭教師をしてもらえるのは嬉しいが、無償ではないはずである。母子家庭であり、決して裕福ではない生活で、多額の費用を捻出することができない。どうしてもお金の問題がネックになってしまう。母親はそう思った。

坂本「二つ目の条件というのは・・・」

結は純粋に条件の内容が知りたかっただけだが、母親は金銭面の条件になるだろうと思いながら坂本の言葉を待った。坂本は意を決して言った。

 



坂本「その長い髪を絶対に切らないこと!」

母親の表情が一気に明るくなった。そして結も100%受け入れられる条件だったので、その場で笑顔が弾けた。

結「先生! 私、二つとも条件を守れます。勉強は絶対に続けるし、この髪は絶対に切りません!」

坂本「そうか、よく言った。小学校の時の不登校も、今回の件も、その長い髪が関わっているよね。もし結さんが髪を切ってしまったら、周りの環境にも、自分自身にも負けてしまったことになる。でも、決してそんなことになってはいけないんだ。だから、髪は絶対に切ってはダメだぞ。もし切ったら、その瞬間に家庭教師を断るからな!」

結「先生、ありがとうございます! 私、絶対にがんばる。勉強も髪も」

 



母親も安堵した。娘の希望通りに話がまとまり、二人はやっと心から喜びがあふれ出てきた。坂本も、それらしい理由を話したが、本音は違っていた。あの時、結の長い髪を間近で見た瞬間に、その美しさに心を奪われてしまったのである。

今までは女性に対する身体的な魅力は、大きな胸、綺麗な脚、そして可愛い顔だった。しかし、今回のことで、いわゆる「髪フェチ」に目覚めてしまったのである。それを正直に言うには、まだ照れもある。だから、それらしい理由で自らの本心をカムフラージュしたのである。

 



改めて目の前にいる結を見て思った。何て長い髪なんだ。髪の先まで艶やかに潤い、豊かに流れ落ちる黒髪に悠久のロマンを感じていた。その昔、女性の髪は長かった。男たちはそれを最高の美しさと評価した。そんな男たちのDNAを坂本も一人の男性として受け継いでいるのかも知れない。

 

※ 画像はイメージです。登場人物を特定するものではありません。

 

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感謝 by Ryuta