みなさん、こんにちは。
KAMINです。

 

私がライブを通じて知り合ったミュージシャンや音楽を綴る「KAMINのベクトル」。

前回の続きでライブハウスへ観に行くようになった頃の話です。

 ※この記事はHP「音蔵」に書いた記事を再編集しています。

 

 

~~~~~

沢登秀信氏(以下、ヒデさん)より、埼玉にあるライブハウスでライブを行うことを聞きつけ、ライブハウスに向かった。
上福岡にある曼陀羅である(現在はふじみ野市)。

まず、前座ということでお客さんに知ってもらい、翌週に再びライブを実施することになった。
そしてメインのミュージシャンが西岡恭蔵さんだった。
大御所のライブが行われることもあり、お客さんも一杯。
(その後、曼陀羅の常連さんだということもわかるのだが...)

リハ中、この日の恭蔵さんのギターの出音が芳しくなく、ヒデさんのギターを借りることになった。
ライブは盛況に終わり、この日来たお客さんが、次回よりヒデさんのライブに足を運ぶことに。
曼陀羅のマスターがこのような気配りをしてくれたおかげである。

また、埼玉にこんなライブハウスがあったことを初めて知り、車で向かえば40分足らず。
常連さんとも楽しく会話ができ、コーヒーを飲みながら音楽の話だけでなく、マスターの趣味のスポーツの話等、会話に事欠かない。
気軽に足を運べる場として居心地の良い空間であった。
これを機会に私はライブのない日も足を運ぶこととなった。


曼陀羅のマスターの井上さんは、ライブの模様を逐一写真撮影しており、ライブスケジュールをワープロにて作成していた。
写真を一通り見せてもらうと、Shy&Mooney、藤井康一さんがいるではないか!
当時、月一回、アルバート寄木氏のブルースジャムセッション、藤井康一氏のウクレレ教室が開催されていた。
(藤井康一さんとは久しぶりの再会となる)
曼陀羅でライブを行うミュージシャンはフォーク、ロック、ブルース、ジャズ、なんでもあり。
楽しいライブを行っているミュージシャンが出演していた。
当時で20年以上ライブハウスとして営んできたのだから、音楽の拠点だったのである。
マスターは、音楽以外でも常連さんと毎年スキーに出かけたり、テニスをしたりと、アウトドア派でもあった。
そこで、自分でホームページを開設するにあたり、曼陀羅のホームページも作らせていただくことを依頼、マスターに快諾していただいたわけである。

1998年~2002年ぐらいの曼陀羅の記録はこちらからご覧になれます。 

 

 


そして2003年以降、私の体調不良等により更新できなかったこともあり、現在ではマスター自身がホームページを作成しています。

その後、事情により曼陀羅はマスターの自宅に移転しています。
現在の曼陀羅のHPはこちら

 

 


このようなきっかけで、曼陀羅で多くのミュージシャンのライブを観させていただいた。
ジャンルも様々な方だったから、マスターの懐の深さが感じられたんだ。

 

<続く>

 

~~~~~

シンセサイザーについてわかりやすく書いている私のブログ「カムカム・シンセサイザー」。
ご興味のある方はご覧ください。

 

 

 

以上