中絶手術当日① ―車の中でー | 中絶の記録

中絶の記録

30歳バツイチ子ナシ独身女。不倫中の彼との間にできた子どもの中絶の記録。

手術当日は胃を空っぽにしていなくてはいけないため、
朝食はもちろん水分すらも摂ることを許されていなかった。

親には朝ごはんは要らないと伝えていたが、
これくらいは食べていきなさいと私の好きな桃を切ってくれた。

一度は軽く断ったが、
「朝はしっかり食べないと元気が出ない!」派の
母が何度も勧めてくるため、あまり頑なに断っても
怪しまれると思いひとかけらだけフォークに刺して、
食べながら別の部屋に行くフリをしてバレないように捨てた。

母の優しさと、私が母に隠している事を思い、
桃を捨てることにひどく罪悪感を感じた。

それから父にバス停まで送ってもらうと、
バスに乗ったフリをして、彼に迎えに来てくれるよう連絡した。

近くの駐車場に彼の車が停まるのが見えたので、

とぼとぼと向かって歩きながら、

ついにこの日が来たんだと実感がだんだんと湧いてきて、涙が出てきた。

 

手術の受付の時間まであと2時間近くはある。

車に乗り込み、念のためまた少し離れた駐車場へ移動し

そこで時間をつぶすことにした。

 

車を停めるとすぐに私は中絶同意書を取り出し彼に渡した。

 

「・・・・・・・・・・・。」

彼はなかなか書きださなかった。

私も隣で無言で待った。

 

彼「俺、いざとなると、へたれてしまうんよな…。」

 

私「覚悟が足りないよ…。」

 

あれだけ悩んで、二人で決めた事じゃないか、と私は少しイライラした。

 

それからまた沈黙が続いたあと、彼が口を開いた。

 

彼「こんなことになってしまって、ごめんな…。

 (外出しすることの)リスクは俺が一番分かっとったはずなのに…。」

 

私はそれを聞いて混乱した。

 

彼と奥さんは出来婚だった。

私は勝手に、彼が若気の至りで「中出ししたために」出来てしまったのだと思っていた。

 

でもその言い方って…

 

外出ししてたのに、奥さんは妊娠したってこと?

外出しってそんな簡単に妊娠するものなの?

それを分かってて今まで私に外出ししてたの…?

自分の性に関する知識の無さと、勝手に中出しで出来婚したんだと思い込んで

彼に突っ込んで聞かなかった自分のバカさに、どうしようもなく失望した。
 

私「いや…私がバカだったんよ…。」

 

そう言うほかなかった。

 

私がちゃんと、外出しでも妊娠する可能性は高いと知っていれば…

彼にどうして出来婚になってしまったのか聞いていれば…

こんなことにはならなかったのだ。

私が止めれたはずなのに、止められなかった。

 

彼「いや、俺が悪いんよ…。」

 

私「…。謝るなら、この子に謝って…。」

 

彼「…『ごめん』じゃ済まんだろ…。」

 

言いたいことを言い終えたのか、

彼はそれからペンをとり同意書にサインをした。

 

私に渡してきたが、印鑑が押されていなかったので

真面目にやってよ、とまたイラっとしながら「ハンコ。」と突き返した。

 

彼の印鑑が押され、中絶同意書は完成した。

これでこの子の父、母ともに、中絶に同意したことになる。

 

私はすぐに折りたたみ、カバンの中にしまった。

 

またしばらく沈黙の時間が続いた。

私は彼と逆の方へ顔を向け、ぼーっと外を眺めていた。

いつもと変わらぬ平日の朝。出勤していく人たち。

私はここで一体何をやっているんだろう…。

 

ときどき彼と言葉を交わしたが、何を話したかあまり覚えていない。

 

ただ、自分がこんな話をしたのは覚えている。

 

私「私、いつだったか『あなたが浮気しても一回は許すと思う』って言ったけど、

 やっぱり一度でも浮気されたら絶対許せないと思う。」

 

男だけリスクを背負うことがない、という事実が許せなくなったのだ。

妊娠・出産にしろ、中絶手術にしろ、身体を傷つけたり命を賭けるのは女性だ。

男の浮気なんて、「遊び」とはよく言ったもので、

本当に女性をオモチャにしているようなもんじゃないか。

自分は気持ちいい思いだけして、また元に戻ろうなんて都合がよすぎる。

 

本当は、今日まで彼に感じてきた、私と彼が中絶に対して感じる辛さの差を

責めたい思いをぶつけたかったが、

責めたところでどうしようもない、と思い飲みこんだ。

 

 

目をつむっていろいろと考え事をしているうちに寝てしまったようで、

ふと目が覚めるともうすぐ出発の時間だった。

 

私「そろそろ行こっか。」

 

心の準備が出来ているような出来ていないような、

緊張や怖さが入り混じった感情の中、車は走り出した。