理論立てて、考えようと思ったら、とにかく、仮定でもよいから、定義してみる事、と、考えてみる。
たとえば、仏教では、サマディ、を、重要視 しているけれど、そもそも、サマディの定義も、人によって、バラバラで、何故、サマディが、重要になるのかの、説明も、出来ない。
輪廻を、終えて、涅槃する のも、説明出来ない。
もし、本当に、極めているなら、どんな事でも、説明出来るし、現代言葉に、置き換えて、定義し直す事も、可能である。
まあ、正しいか、正しくないか、は、ちょっと、置いておいて、定義し直す事が、出来なければ、それは、体験や、情報量が、不足している、と、ゆう事なのかも、しれない。
まあ、仮定として、サマディとは、明晰夢見の事と、再定義し直す。
そして、空(くう) とは、仮想現実 と、再定義し直す。
これだけでも、サマディ=明晰夢見 が、空(くう)=仮想現実 への、入口 と、なっているのでは、ないか? と、ゆう、仮定が、出来る。
そして、体験から、感覚のある、サマディ=明晰夢見? と、感覚のない サマディ=明晰夢見? が、ある事が、分かっているので、それを、色界(しきかい)
と、無色界(むしきかい) と、再定義し直す。
色界(しきかい)は、感覚で、現実と、繋がっているので、感覚は、意識領域と、無意識領域を、繋いでいると、仮定出来る。
まあ、意識領域、無意識領域 は、そこそこ、説明されているので、調べれば、分かる。
意識領域、無意識領域は、個人的なものと、集合的なものが、あると、仮定されているので、それも、感覚によって、繋がるものが、集合的意識、集合的な無意識なのだろうと、推察される。
感覚によって、繋がるとは、共感覚とか、共感とか、ゆうもので、意識と意識、意識と無意識、無意識と無意識 と、ゆうように、繋がる=共感している。
その繋がりが、因縁とか、縁(えにし) の、ようなもので、その因縁とか、縁(えにし) で、自由なようでいて、大体、決まった運命を、辿る事になる。
・・・分析も重要。
・・・たとえば、アメリカとか、トランプさんを、分析する時、トランプさんの意識領域は、アメリカの集合的意識 と、共感しているけれど、トランプさんの無意識領域は、どちらかと、ゆうと、アメリカじゃない、湯蛇や の、無意識領域と、共感している?
・・・とか、無意識領域の設定は、意識的に変えるのは難かしいので、アメリカの為の行動が、実はアメリカの為にならない、と、ゆう事もある。
・・・現実 と、違い、仮想現実=明晰夢見=サマディ? は、何でもあり、AIで、生成された現実みたいなもの=現実の情報と、架空の情報 を、ごちゃ混ぜにして、第三の現実を、生み出す?
・・・ベネゼエラとかも、ベトナムとかみたいになると、手がつけられなくなる=国境が、近いので、ハチの巣をつついてハチが出て来る=大統領とゆう個人を、叩いても、そう簡単に、国を、制する事は、出来ない?