つねのよ とこよ、何て読むのか?
仮想現実の世界、ゲームの世界 では、何でもあり。
死後、感覚、感情を、保つ、と、ゆう、如実知見 に、よって、そこは、この世=仮の世 と、全然、別の世界 と、ゆうわけではなく、感覚、感情が、行き交う、生きた世界 だと、理解した。
たとえば、夢見の中では、空を飛ぶ感覚が、ある。
あるいは、高いところから、落ちる感覚もある。
痛みもあれば、喜びもある。
そこに、自分自身の身体=アバター=意生身=意成身 を、創り出して、現実=仮の世=この世 さながらの、活動をする。
それが、常世?
そこでは、寿命と、ゆうものがなく、姿形も、変えられるし、食べ物も、食べたければ食べられる。
病気もない、老いもない。
働きたければ、働ける。
生老病死と、ゆう苦しみのない世界。
まあ、それは、おいといて、現実に、生きるものは、この常世では、ずっといられない。
が、感覚、感情を、通じて、影響を、及ぼす事はある=如実知見に、よって、この世=現実 と、常世 が、地続きである、と、理解して、それが、意識領域 と、無意識領域 とゆう、認識の差 によって、分類される?
意識領域の認識が、無意識化、無意識領域の認識を意識化、と、ゆう事が、常時行われている。
感覚の集中に、よって、チャクラが、出現するなら、チャクラの開放に、よって、チャクラは、消えるけど、感覚は、広がる。
つまり、感覚の集中が、小周天 なら、感覚が広がるのが、大周天?
つまり、チャクラが、閉じたり開いたりする?
または、チャクラが開くと、世界中、この世=仮の世、常世 含めて、感覚が、広がる?
・・・不滅のあなたへ、みたいに、感覚が広がる・・みたいな?
・・・大概、それは、無意識領域の認識に、なっているけど、それを、大周天は、意識化する?