肉体が、無くなっても、明晰夢見が、永遠に続く、と、考えてみる。


ある程度の、年齢になると、何となく先が、見えてくる。


この世の事に、執着しても、その何もかもが、永遠ではない=変化する と、ゆう事ではなく、死=肉体を失う 事によって、執着の対象が、失われる。


しかし、明晰夢見は、肉体が、無くなっても、永遠に続く?


肉体が無くなる と、ゆう事は、脳も、五感も、無くなる と、ゆう事なのかもしれないけれど、永遠に続く、明晰夢見は、思考=脳の働き? も、感覚=五感 も、備わっている。


それは、本人の選択だけれど、いつか、無くなる、この世 よりも、永遠に続く と、思われる、明晰夢見道 に、執着の対象を、移す=明晰夢見道 に執着する と、ゆう事も、あるのかもしれない。


この世 と、明晰夢見は、感覚、感情 と、ゆうところ では、互換性 が、ある。


そして、自分自身の、感覚、感情 の、あるところ が、自分自身に、とっての現実=実在?


自分自身の感覚、感情 の、ないところが、空(くう)=非実在。


そして、空(くう) とは、仮想現実=デジタル技術で再現された現実=コンピュータプログラム通りの世界=理づく目の世界。


・・・コンピュータプログラム通りの世界 は、閉じられた世界 と、考えて、感覚、感情 と、ゆうものは、それぞれの、閉じられた世界 を、繋ぐ=互換性がある=閉じられた電気回路 が、いくつもある、と、しても、電気が、流れると、それに伴い、磁界が、発生するが、その磁界は、閉じられた電気回路 を、超えて、他の電気回路に、影響する?


・・・それぞれの空(くう)の世界=仮想現実 は、感覚、感情 の、互換性で、繋がる=悟りとか、愛とかゆうもので、繋がる。