肉体を、失っても、意識が、永続する事を、死後生 と、言う と、考えてみる。

夢見の中で、意識が戻り、夢を夢と認識する、明晰夢は、肉体とは、違う場所?で、意識を、保つ、体験だ・・・幽体離脱も、同じ。

その、体験が、重なれば、意識が、肉体とは、関係なく、永続する、可能性が、ある、と、ゆう事を、実感する事が、出来るように、なる?

たとえば、脳が、失くなれば、それは、無くなるのか? と、ゆう前に、あらゆる、体験が、脳が、ありきであるのが、唯物論、で、脳の前に、意識が、あり、脳は、意識が、肉体世界=物質世界 を、より、認識しやすくする、補助的な装置 と、ゆうのが、精神論と、なるのか?

聖書とかだと、水の表に意識が、あり、言葉=多分、最初の音=聖音オーム は、神と、共にあった、この、神が、意識 で、言葉と神の、相互作用で、最初の光、クリヤライト が、発生する。

音が、音で有るためには、耳が、光が、光である為には、眼が、と、ゆうのは、なんとなく、分かると、想うが、これは、意識が、感覚機器 を、創造して、感覚の認識を、得ると、ゆう、過程でも、ある。

意識が、感覚を、得るのは、最初は、触覚、次に、聴覚、そして、視覚、やがて、触覚から、味覚や、嗅覚、と、ゆう様に、発達する・・・のかは、分からないが、感覚機器が、破壊されれば、耳が、破壊されれば、音は、失われ、眼が破壊されれば、光が失われ、である。

夢見が、リアルで、ある為には、感覚機器を、創り出す、と、ゆうのが、先にある=感覚機器を、創り出す為には、意識と、感覚の対象物=音なり、光なり が、相互作用して、出来る=聞く、見る、と、ゆうのが、相互作用=その一瞬で、創造される?

まあ、夢見で、その様が、観察する事が、出来る・・・のかも、しれない。

夢の中での物質化=霊物質化 が、出来ないと、思っているかも、しれないが、夢を、見たり、聞いたりしている、時点で、感覚機器は、物質化=霊物質化 されて、いるので、その他の、物質化=霊物質化含む、あらゆる物質化 は、その、延長線上にあるように、思える。

物質 と、霊物質は、波長が、違うから、不可視、不可触 だと、しても、波長が、合うなら、そうで、無くなる。

と、そんな、視点からも、夢見の技術には、可能性が、ある・・・のかも、しれない。

・・・最近、メタバース と、ゆう、仮想現実の、概念が、あるが、それは、現実の、感覚機器を、錯覚させる、もの、なので、物質化=霊物質化含む とは、別物・・・物質化=霊物質化含む されたものは、一定時間は、存在する=他者、第三者と、共有出来るようになる・・と、ゆう事は、リアルな、夢は、一定時間、集合的無意識内に、存在する と、なり、波長の合う、第三者、他者 と、共有出来るように、なっている=それも、夢見の可能性?なのかも、しれない。