少しだけニスに付いて

書いておこうと思います。

 

ヴァイオリンは完成から

20年後辺りから

音の成熟が始まると言われています。

 

でも7,8年で

鳴り始めたと言う人もいれば

ビソロッティのように

30年後から鳴り始めるように

作っているっていう

制作者もいる。

 

平均で20年かな。

では何故20年後なのでしょうか。

 

ここで少し別の視点から

ニスに付いて触れたいと思います。

絵画の世界です。

 

絵画の世界では

ニスはワニスと言うのですが

昔からヴァイオリンと

深い関係が有る。

 

リンシード、ポピー、テレピン、ラベンダー

ボイルドオイル、サンシックドオイル

マスチック、ダンマー、コパル。

そしてバルサムことベネチアテレピンバルサム。

 

絵画(油絵)の世界での

描画に使う

古典的なオイル(ワニス)です。

 

絵画の世界においては

良く知られたオイル(ワニス)ですが

乾性油、揮発性油、共に

それぞれに特長が有る。

それらの組み合わせは無限で

画家の個性が出て来る。

 

ヴァイオリンのニスと

根本は同じなんです。

 

ヴァイオリンが育ち

鳴り始めるのに

何故20年も掛かるのか。

 

この疑問に対して

絵画の世界から考察すると

間違い無く

ニスによる影響と言えます。

 

ニスが完全に乾く期間。

それが20年の歳月。

油絵の世界では

これは割と

知られている事なんですが・・・。

ヴァイオリンの世界でも

ヴァイオリン職人の間では

多分普通に知られている事でしょう。

一般の人達が知らないだけで・・・。

 

ワニスは酸化重合によって

固まる分けですが

結構時間が掛かる。

組み合わせによっては

もの凄く乾きにくかったりする。

 

酸化重合と言うのは

それ程に厄介です。

 

大抵は二週間も

あれば

固まると考えられてはいますが

それは表面上の事。

完全に固まったな、と

触って感じられても

本当は

完全には固まっていません。

固まった様に感じられても

気が付かないレベルで

ゆっくりゆっくりと

下層で酸化重合は続いている。

 

完全に固まるまでに

実は20年ぐらい掛かる。

或いはもっとかも・・・。

 

そういうモノなんです。

 

塗られたニスが

木と一体化する期間。

それが20年では無いのか。

だから20年後が

楽器としてのスタートでは無いのか。

 

20年間は

音を鳴らす事によって

よりニスが木地に馴染む期間。

振動させる事によって

木とニスとが

同調して響くようにする期間。

これにより

音色が成熟するのでは無いのか。

 

これはあくまでも

個人的な推測です。

でも年月は符合する。

 

薄塗りなら7,8年で

厚塗りなら

酸化重合に時間が掛かるから

30年以上掛かる。

 

そう考えれば

全てが符合します。

 

ちなみにワニスと言うのは

困った性質が有って

表面が完全に固まった上には

塗り重ねがしにくい性質を

持っています。

 

だから塗り重ねは

ウェット感が残る

半乾きの時に塗る方が

(指触乾燥と言います)

実は密着し易く、絵の具を重ね易い。

 

この事は

今の絵描きさん達は

案外知らない。

何の為のルツーセかを知らない。

 

ルツーセとは

加筆する前に

絵に薄く塗るニスの事。

 

絵の具と絵の具の

接着剤なんです。

表面が完全に乾いた上に

絵の具を塗ると

絵の具は着き難くて

完成した時に

そこから剝がれやすくなるから。

 

だから

ルツーセで半乾きの状態を作る。

そうしてその上に描き加えていく。

そうすると

絵の具が剥がれ難くなる。

 

少し余談が過ぎました。

 

ストラドに塗られたニスは

実は一般的な物だった事は

現代の調査でも明らかになっていますが

石井氏も

その調査結果が出る前から

そう断言していらっしゃいました。

 

当時のニスの売り買いなんて

桶、樽の時代ですから。

 

でも当然使って見て

産地の良し悪しは有った筈。

採取者の良し悪しもです。

贔屓にするニスは

有ったに違いありません。

要望も販売業者に伝えた事でしょう。

人気と評判によって

当然そのニスの値段は

高くなっていく。

お金を持つ

売れっ子の制作者の元に

そのニスは売られて行く。

 

お金の有る所に

良い商品は集まる様に

なっていますから。

これは

何時の時代でも同じです。

 

音色を良くするために

ニスにいろんな物を

調合したのでは無いのかという

説も有りますが

ストラドは

カウントされている作品数で600。

当時1300点は作られているという

説も有ります。

 

作ったら売れて行く訳ですから

むしろ一般的な物を

そのまま調合に工夫を加えて

使ったのではないのか。

ルフラン&ブルジョア社

クラリファイドリンシードオイル

リンシードオイルは

強靭な皮膜を作りますが

リンシード特有の光特性

持っています。

 

そう見る向きが

多いのでは無いのでしょうか。

ニスの成分の調査結果にも

それは出ています。

 

複数のストラディバリウスを赤外線で分析した結果

ニスに使用されていたのは松ヤニと油だけであった。

2021年の研究でも、ニスは当時一般的なものであり

特に特徴は無いとされている。

wikiより

 

プロポリスも見つからなかったと

そういう調査結果も有るようです。

 

絵画の世界では

昔は琥珀がニスとして

使われたのでは無いのか。

なんてことが

想像されていました。

琥珀

 

琥珀は樹脂として

それ程までに完璧なんですが

でも普通に溶かせる溶剤は

有りません。

乾燥すれば琥珀に戻る、という

そんな溶剤は見つかっていない。

 

琥珀を常温で溶かし

ニスにする事は出来ないのか。

これが長年に渡る

画家の夢なのですが・・・。

 

ヴァイオリンの世界では

どうなのでしょうか。

 

ヴァイオリン用の琥珀ニスは

既に作られているらしい。

絵画用も有ると聞きますが・・・?

でも・・・?

常温で溶かせてはいない筈。

 

少なくとも

絵描きが使っている話しは

ほとんど聞きませんし。

 

でもいつか

琥珀のワニスを、と

思っている人は

存外いるのかも知れません。

 

これが

永遠の夢なんです。

ニス(ワニス)に関しては。

 

因みにもう一つ

余談ですが

漆はニスの代わりにはならない。

だからヴァイオリンには

絶対使えないそうです。

 

災害に遭ったヴァイオリンで

使えなくなったのをどうするか

石井高氏が助言を求められた時

楽器としては使えないから

漆を使って

オブジェにする案を

提言されたそうですが

それが誤解されて伝わって

漆塗りのヴァイオリンとして

復活させた立役者として

話しが替わってしまったらしい。

それは断じて違うと

明言されていました。

 

漆塗りで修繕修復した

被災ヴァイオリンは

楽器では無くオブジェです。

 

御本人の名誉の為にも

そこは強調しておきます。

 

輪島で製作研究が進む

漆塗りのヴァイオリン

八井汎親作

ベースは鈴木ヴァイオリン