石井高氏の文章を読んでいると

職人としてのプライドと自負を

持ちながらも

日本人らしい控えめさで

淡々と語りながら

その一方で

偉そうに自己PRする関係者達を

痛烈に批判しつつ

根拠を持ってその事を

解説して見せる。

 

それは有る意味

痛快な部分でも有り

それでいて

それまでの石井氏自身の

経験や研究が

感情に流される事無く

理路整然と

探究されている事を

示してもいます。

 

冷徹な目をお持ちでした。

 

だからこそ

復元と言う困難な作業を

信念をもって実現する事が

出来た。

 

そんなヴァイオリン制作者は

過去日本には

一人もいませんでした。

 

だからこそ

石井高氏の言葉は信頼に値します。

私はそう感じています。

 

石井高氏が

自身の文章で触れられていたのは

職人側から見た

ヴァイオリンの話し。

 

そこには

職人としての見識や見解

ヴァイオリンの根本の部分に

付いて語られています。

『オレンジのマリア』部分

石井高氏が発見した、現在のヴァイオリンの原形

描かれている弦の数は3本らしいのですが

そのカタチは確かに・・・。

『オレンジのマリア』

ガウデンチオ・フェラーリ作

1529年

 

これより以前に描かれたとされる

バイオリンを奏でている作品は有りますが・・・

メロッツォ・ダ・フォルリ

「奏楽の天使・ヴァイオリンを弾く天使」

1480-83年頃

 

今のヴァイオリンの形とは

繋がって来ない。

あの優美なカタチからは

程遠いシルエットです。

 

ヴァイオリンの今のカタチは

実は忽然と姿を現して

それが

瞬く間に定着してしまった。

 

1550年にジュリオ・ロマーノによって

描かれたヴァイオリンが

最も古くて近いとされていたようですが

(画像は未入手)

石井氏は

『オレンジのマリア』こそが

最も古くて近いヴァイオリンの絵だと

確信している。

 

カタチの変遷が

ヴァイオリンに付いての

一つの謎でも有りましたから。

 

調査結果を踏まえて

総合的に年代を考察し

復元を手掛けられています。

 

ところで

ヴァイオリンに関わらず

木製の弦楽器には

一つの特性が有って

それは弾き続けて初めて

楽器としての命が保たれて

行くと言う事。

 

つまり弦楽器は

弾かれる事が無ければ

どんどんと音色を落として行く。

 

そんな宿命を持った楽器です。

 

クレモナ市庁舎にある

アマティ、グァルネリ、ストラディバリウスは

必ず日に一回、演奏されています。

音色を保つには、毎日奏でる。

 

だから

弦楽器にとっての一番の不幸は

コレクターによって死蔵されること。

実はそんな運命を持ったストラドが

有りました。

それが「デュランティ」

千住真理子嬢と愛器である

ストラド「デュランティ」

スイスの大富豪の手に渡り

100年以上の間コレクションとして

眠っていた名器。

 

石井高氏は

この「デュランティ」の音色を

復活させたのは

千住真理子嬢の

弛まない努力が有ってこその物だと

明言しています。

 

古い数々のオールドの修復を

手掛けていますから

死蔵されたヴァイオリンの音色が

どんな事になっているかを

良く御存知だったのでしょう。

 

ヴァイオリン制作者コンクールというのが

有りますが

それに付いても石井氏は

否定的でした。

 

特に音色の問題。

 

ヴァイオリンは

出来立ての時には

良い音色はしない。

する方がオカシイ。

 

これは鉄則だそうです。

 

何故ならそれが

500年音色を保たせる秘訣だから。

 

制作者にとって

良い音色と感じるのは

ニスを塗らない

白木のままのヴァイオリンだそうです。

でも白木のままだと

音色の良いのは最初だけで

時間の経過と共に

どんどん音色は悪くなる。

 

だからそれを保護する為に

ニスを塗る訳です。

 

でもニスを塗ると

音色は落ちてしまう。

 

だから

板を更に薄く削って

ニスを塗り立てでも

音色を良くしようとする人が

いたりする。

気に入って貰う為に。

すぐに売れるように。

でも板を薄く削られた

ヴァイオリンは

白木の完成品と同じで

音の良いのは最初の頃だけ。

音色は20年ぐらいしか持たない。

 

だからヴァイオリン制作者は

20年後、200年後を想定して

ヴァイオリンを制作する。

薄く削り過ぎないように

でも良い音色になるように

慎重に厚さを見極めて行く。

0,2ミリの

鉋であと一回削るかどうかを

慎重に見極める。

 

実はここに

演奏者を勘違いさせている

問題が有って

作っている人達は

ニスが馴染んできた時の

音色を考えながら

今のベストを目指す。

 

でも完成して

嫁がせたヴァイオリンの中には

音色の成熟しない作品も

出て来たりする。

 

ストラディバリですらも

例外では有りません。

 

で、改作の登場と成ります。

後から手を加えられた作品。

だからストラドにも

後世に手の加えられた

改作が有る。

 

音が悪いと言う

持ち主からの要望によって

修復士によって

板を更に薄く削られた

ヴァイオリン。

 

石井氏は

そんな改作のヴァイオリンも

修理・修復するに当たって

見て来ている。

 

でも製作者は

決して

後世に削られる事を見越して

作っている訳では有りません。

本当は

誰にも手を加えて欲しくないんです。

 

そのストラドの音色が

悪かったのは

板の厚さの問題では

無かったのかも知れない。

違う理由だったかも知れない。

 

そこは慎重でなければ

なりません。

所有者の判断だけで

手を入れさせてはならないし

決めていい話しでも無い。

 

一度削ってしまった板は

取り返しが付きませんから。

オールドでも

そんな改作が結構有るんです。

 

ですから

新作ヴァイオリンは

少し音が若いと感じても

気にしない事。

それが当たり前なんですから。

 

新作には新作の

育てると言う楽しみが有ります。

音がどう育っていくのか。

そしてその音色が

20年後の

20才の門出を迎えた時

そのヴァイオリンの楽器人生が

いよいよスタートする訳です。

 

オールドに拘る人には

味わえない感覚です。

 

少しは違う楽しみ方が有る事に

気付いて頂けたでしょうか。