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謎解きと 総合理解

 

自分を知る。

知らなかった自分のフィールドを知る。

そういえば、これで二度目だった。全く、同じことを聞いたのは。

マイペースで、のんきな私は、自分で言うのもなんだけど、面白いと思う。

以前は、そんな自分が嫌いだったけど、今は、結構好きだな。

 

どんな表現がぴったりなのか。

どうも、日本人的枠ではないらしい。

どちらかというと、外国人的発想。

つまりは、バリアフリーが当たり前の外国なんだと。

 

今日は、またもや、面白いことがあった。

何日か前に、ある方とお話をしていて、

4.5年前に書いた 「 薔薇の門 」 という作品を思い出した。

ふと読み直してみると、まるで、その方のために書いたような作品。

こんなところで現れるとは、思わなかった。

そして、2.3日前にアクセスしてきた薔薇の映像。

それが、現実化する。

 

男性性と女性性を持ったピンクの薔薇。

十字架を通して、マリア様のメッセージを伝える。

「 幾重にも重なった薔薇の花びらは、決して重たいものではありません。

 その中に潜む真実を、一枚一枚はがしていって、最後に残った花びらが全ての答えです。

 宗教的であれ、非宗教的であれ、人間の感情が加われば解釈も変わってきます。

 中道を行く。

 どんな観念であれ、正しいという選択肢は、一切ありません。

 状況、環境、経験から得た観念。

 地球という概念で考えるのではなく、宇宙という概念で捉えれば、ジャッジはなくなります。

 幸せはなるものではなく、幸せはそこにあるもの。 

 意図をして、作り上げるものではないのです 」

 

そして、更なる不思議な出来事が。

ふと気がつくと、手に薔薇の香。

「 あれっ、これ、この間のオイルの香だわ。なんで急に 」

今は、すっかり消えている。

 

薔薇の門が開く。

優雅でありながら、冷静な判断を必要とする現実。

美しいということは、それを支える屋台骨がしっかりしていること。

時に、冷徹であり、慈悲深くあり、真実を語るには覚悟が必要。

それを忘れないようにと、たった今言われた。

 

自分のフィールドは、自分で守る。

マザーテレサのように、降りてくることができれば、この世とはおさらば。

だからこそ、私達は、ひとりの人間。

今出来ることをやる。

私自身が、主導権を握っているのだから。

 

枠という枠を超えていく。

新しい自分を、自然体で生きていく。

誰もが、素晴らしい人ばかりだから。

 

感謝を込めて。

 

 

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