湘南陽光電しゃ館 鉄道館

湘南陽光電しゃ館 鉄道館

ヤフーブログから引っ越してきました!
よろしくお願いいたします。
現役時代に撮りためた鉄道写真に鉄道関連if
私想小説をモチーフにした模型鉄がメインのブログです。
どうぞお楽しみくださいませ!!。

今日で箱根登山鉄道の古豪、103+107コンビの定期運行が終了しました。大正8年、1919年生まれですから今年でちょうど100年が経過しました。

 

ただ、ひたすら箱根のお山を登ったり下りたりの人生!?いや電生、お疲れ様でございました!。明日、7/20土曜日にお別れイベントが入生田の車庫で開かれるそうです。

 

これで少なくとも関東以北で営業運転されている「吊り掛け駆動」の電車は都電の一部と江ノ島電鉄の1001+1051/1002+1052/1101+1151/1201+1251だけとなります。

 

あの独特のウォームギアのかみ合う音を身近な江ノ電で耳にすることができるのは嬉しいのですが、やはり現役時代、吊り掛けモーター装備の長大編成電車の壮大な「あの重層音」を記憶にとどめている小生にとってはチョイと物足りない感もあります。

 

東急田園都市線の宮崎台にある「電車とバスの博物館」へ行けば、より超間近でその音を目/耳にすることはできますが・・・。

 

ここ最近の彼ら江ノ電メンバーのカットを集めてみましたので、ちょっとご紹介させていただきますね。

 

2019/06/21撮影 江ノ電長谷、御霊神社前1001+1051

2018/06/21撮影 江ノ島、併用軌道 小動神社祭礼時1052+1002

〃 腰越、万福寺前1151+1101

〃 極楽寺駅 1251+1201

ウィキによれば1201+1251は日本最後の新製吊り掛け駆動電車だそうです。今は↑の江ノ電標準塗装!?を纏っていますが、登場時には「赤電」登場時にも匹敵するインパクトを与えた斬新な意匠で登場した1000系、おまけにその登場時の姿↓を掲載しておきます。

 

1980年代撮影 鵠沼 1001+1051

この場所も今では高架線上となりました。電信柱ポールにじか釣り架線、もう40年も前の写真です。

 

明日できれば、103+107のお別れイベントへ、ちょいと出かけてこようと思います。雨降らなければ良いんだけど・・。

ほんの今まで見てたんですが、今回のNHK「日本人のおなまえっ!」、面白かったですね~!!。

 

最近の鉄道トレンド番組には引っ張りだこの玲奈ちゃんも出てましたしねー。なんか、また、女っぷりが上がったように思えます~。

 

まあ、それはさておき、今回は、「「撮り鉄」「乗り鉄」など独特な鉄道文化が花開いている日本。日本人はなぜ鉄道を愛するのか?調べてみると「名前の力」で日本に鉄道が浸透していったことが明らかに!」、というテーマでしたがそれならうちの「鉄」はじめ、はと思いつきまして、ならやっぱあれじゃん!!、ということで。

 

1921~1925年(大正11~14年)撮影 

 東海道本線?六郷川橋梁 59628

この写真、見る人が見ると結構ヤバイ写真だとか。多分、ウチの爺さんが撮った写真と推定されるのですが、詳細は不明なのです。

※追記:59628は大正11年製と言うことがわかりましたので修正追記しました。

※追追記:国府津電化が大正14年末ですから、この鉄橋が川崎六郷川橋梁とすると、架線柱が建っていませんので、大正12~13年頃という仮説も成り立つかと。つい最近まで大森にこの国府津電化時の架線柱が現存していました↓が、今はありません。

https://ameblo.jp/kamesansgameblo/entry-12468490761.html

 

ただ、列車線の鉄橋の形と隣の電化線の位置関係、列車線が電化されていないことから六郷川橋梁ではと思ってるんですが・・・。

※ちなみにこの鉄橋は今はありません。橋台だけ残ってます。現行鉄橋は下流側に架け替えられています。両線は今はこんなに隣り合ってはいないはずです。なお、京浜線(京浜東北線)の橋は場所移動していないようです。グーグルマップの場所です↓。

https://goo.gl/maps/YvXxgi5uZKEeEM9YA

 

で機関車は59628、言わずと知れた当時最新鋭の貨物用蒸気機関車キューロクです。それでもうお分かりの事と思われますが、連結器がなんとブァッファ&リンクの連環式連結器ですから、連結器が自連になるまえ、少なくとも大正14年以前の撮影という事だけはわかります。

 

なぜ、ウチの爺さん撮影、と思うかというところですが、ウチの爺さんは若いころ、あの保土ヶ谷の線路脇にあったガス会社に「小僧」で就職した後、技師の道をずっと歩んだ人でして、当時、一般庶民には手にすることができなかったカメラも職掌で使用できただろうことと、仕事柄無類の機械好きでして、それはもうよく聞かされたんですけど、若いころに横須賀のガントリークレーンドックで建造中の戦艦陸奥を見に行った、なんてエピソードを持ってた人なんです。

 

小生がガキの頃、爺さんの口癖は「おまえが大きくなったら、ヨット作って走らせような!」なんてことも言ってました。読者の皆さん、「焼き鏝」でハンダ付けしたことあります?、小生は小学生時代、爺さんにガスで熱っためた鏝で実際にハンダ付けを教わりました。そのくせ、ブラスモデルのハンダ付けは今でもできませ~んけどね。図面引く時のデバイダ、とか墨つけ烏口、なんて道具も残ってます。

 

なので、当時、時代の最先端を行く鉄道の花形、東海道本線の新鋭機関車撮影に挑戦しても不思議はないのでは、と思う次第です。

 

川崎の自宅から横浜まで通勤するときに、自身の乗っている省線列車※もちろん蒸気牽引、と京浜電軌の電車※京急、のデッドヒートにワクワクした、なんてことも言ってましたからまぁ、鉄道も好きだったといっても良いでしょうから。

 

しかし、当時のカメラで良く止まったことですね~。複写も疑いましたが、どうもクオリティからしてちゃんと「鉄ちゃん」したものだと小生は信じております。原版はネガや乾板ではなく、手札版のブリントからスキャンしました。

 

ちなみにこの59628号機ですが、戦争で陸軍に供出され大陸に渡った後、敗戦で行方知れずになっており、再び日本の土を踏むことなく果てた、と思われます。

 

小生の機械好き/鉄道・船好き/は間違いなく爺様の教育の影響ですから、血は争えないもので。ちなみにこの写真とペアでもう一枚、興味深いプリントがアルバムに貼ってありました。

 

次回、何かの機会を見てUPしましょうかね!。

小生、現在、地下鉄ブルーラインの北新横浜駅※新横浜のあざみ野方一つ先、まで通勤しています。

 

電車ですと湘南台駅で小田急から市営地下鉄へ乗り換えて一本です。JRで横浜駅乗り換えの方が全然早いのですが、朝はもう、藤沢からは座れましぇん。なので、確実に座って一眠りしていける湘南台回りをチョイスしています。

 

で、今回の開通はJR線直通ですので、羽沢横浜国大前駅からはJR貨物線経由で走っちゃいますので、新横浜は素通りですから関係ないんですけど、東急新横浜線/相鉄新横浜線が開通すると、同じ湘南台駅から半分の時間で新横浜駅へ到達できると思われます。

 

ただ、なんやかんやの用事で渋谷/新宿方面から藤沢へ帰るときは、えっちらおっちら混んでる小田急で帰宅するよりも、湘南新宿ラインをチョイスすることが大半ですから、相鉄本線大和乗り換えよりも、いずみ野線湘南台直行の方が楽なんで、ちょこっと期待してたんですがねぇ・・。

 

2019/06/21撮影 相模鉄道いずみ野線ゆめが丘駅 9705F

※↑は新線には乗り入れません。JR直通用は12000系、新横浜線用は20000系が専用車両として使用される予定です。

 

亀三!湘南新宿ラインなら藤沢までの方がその先楽じゃん!!と言われる方が大半でしょうけど、どうせ小田急に乗り換えるのなら、乗り馴れている湘南台乗り換えの方がいいような気がするんです。

 

いずれにしても、JR直通線列車は相鉄本線海老名発着列車だけで、いずみ野線列車とは二俣川駅で連絡の運行パターンだそうですから、二俣川で乗り換えるのなら、やっぱ素直にJRで帰ってくることになると。

 

ということで話のタネに新線に乗る機会はあれど、本格的に新線を利用するようになるには、新横浜線開通を待たねばならないことになりそうです。けど、そのころには会社、リタイアしてたりしてね~。

 

今日発表の報道公開情報↓

https://www.sotetsu.co.jp/news_release/pdf/190716_02.pdf

今日、7/15は紀勢線が最後の三里木~新鹿間が開通した日で、奇しくも今年は全通60周年とのことで。

 

松坂/伊勢あたりまでは毎年、お伊勢さま詣りに行きますので、途中、高速から列車を目にすることもありますが、そっから先は以前、和三と乗り潰しで、普通客レ「はやたま」で天王寺から新宮を回って亀山まで乗りとおしたのが一回だけです。

 

電化区間の紀伊浦神ではゴハチの、新鹿ではDD51の客レを撮影しましたし、乗れはしませんでしたけど寝台特急「紀伊」の姿もカメラに収めてあります。

 

ですが、やはり小生にとってはキハ82の「南紀」が憧れでしたね。何せ小生が「鉄」になる寸前にあのブルドックことキハ81が引退してしまって、これがもう悔しくってねぇ。

 

ガキの頃、東北岩手の親父の実家に帰るとき、多分乗った初めてのDC特急がこのキハ81「はつかり」だったはずなんで、もう撮りたくてしかたなかったっす。

 

で、その後釜に座ったのが82でしたんで、必然的にファンになりました。現役時、関東以北で181はもうほとんどおりませんでしたから、82が身近なキハ特急でしてね、北海道では念願のキシで食事する機会も果たしました!。

 

1980年代撮影 関西本線名古屋駅 キハ8296、特急「南紀」

走りでないところがちょいと手抜きで申し訳ありません。いま、原本を捜索中です。「飛騨」と共通運用で動いてましたから、閑散期は両数少な目でちょっとボリュームに欠けますねぇ。

 

後ろの新幹線下りホームに入っているのが0系1000番台でしかも、ビュッフェと言うところがオマケポイントです。

 

全通60周年の還暦と言う事ですが、小生と2つしか変わらないということで、何となくまた親近感が沸きました。お伊勢参りの際、いつも「鉄」しようと思ってできずにおりますので、今年は挑戦してみようかなぁ、と思う次第です。