ダイノジ大谷さまを知ろう3
今日もダイノジ、大谷 ノブ彦 様の日記を読んで、大谷さまを知ることにしよう!
----------以下、大谷さまの日記----------
アナルを掻きながら
夜中に目が覚めちまった。
子供はスヤスヤと、とんでもない体勢でぐっすり寝てる。
わざとだろ!君!
パソコンを開く。
原稿を書いて、小説をちょっとだけ書き足す。
冷たく綺麗な水をゴクゴクと飲み干し、ただぼんやりとしてみる。
こんな夜はアレサフランクリンと石川さゆりを交互に聴くに限る。
ぼけっといろんなことを考えてみたい夜はこれだ。
どっちもソウルミュージックであり、情念を抱えたブルースだ。
こいつは孤独な夜にきく。全身に沁み渡る。
「歌」だ。
家族がいるのに、孤独を感じる?
違う!!違う!!
ちょんと孤独を感じれるから、ちゃんと他人だって思う瞬間があるから、
家族に感謝ができ、家族を意識できるんだ。
ひとり生まれてきてひとり死んでいくと嘯くモラトリアム達には一生分からない
ありがたい淋しさだ。
そんで大傑作のKEN YOKOYAMAさんのアルバムを聴きながら、
ウルフルズの「暴れだす」を聴いて寝る。
音楽はひたすら素晴らしい。
カートヴォネガットの最後のコラムにもそう書いてあった。
カートの複雑な精神世界ににやりにやりと笑う。
この間、「検索ちゃん」の収録で、初めて爆笑問題の太田さんに話しかけた。
「僕、ヴォネガット好きです、新しいコラム集最高ですよね」
「だろぉ!面白いだろ!!」
まるで談志師匠のような手の動きで太田さんが喋ってくれた。
わー、もっと喋りてぇ・・・
ヴォネガットの小説や随筆を読むと、いつもエレファントカシマシの「涙」という曲の歌詞やエルビスコステロの70年代後期の一連の歌詞を思い出す。
世界がまだまだバカみたいだ。
きっとずっと未来永劫バカなんだろう。
だから笑いやユーモアしかないんだと思う。
悲しいときに涙なんかこぼれない。
絶対にこぼれない。
そんな鈍感じゃない。
くだらねぇのがいい。くだらないのだけでいい。
絶望とか敗北感をゲラゲラとネタにするしかない。
おセンチになったりしないよう、おセンチになったりしないよう。
人生における出会いに感謝!!!
ひたすらに感謝!!
夜中に目が覚めて、こんな脈絡のないことをダラダラと書く俺は、相変わらず俺だ。
さぁ明日も何かを作ろう。
そのために寝るのだ。
布団にもぐりこむぜ、ってなんなんだよって体勢にまた変わってる。
君、君、わざとでしょ!
おやずみなざい。
----------ここまで----------
最後の文章の「おやずみなざい。」これは濁点をつけるというボケですね!
いやぁ深い。。。
さすが大谷様だ!!
とこんなしょーもない指摘しても仕方ない。
いやぁしかし大発見!!
大谷様は家族がいたんですね。
そしてヴォネガットという作詞家?あー小説家?詩人か?
なんて人の存在も知れました。
きっとロマンティストなんじゃないかなーって思いました。
いやぁモテただろうなぁ大谷さま。
もっとダイノジ大谷様を知ろう!!