この作品は、東方Projectの二次創作小説です。また、以下の要素が含まれます。
・キャラクターの独自解釈
・前作「運命を操る小瓶」の設定を一部引き継いだキャラクター
・軽い鬱要素(キャラクター同士のトラブル的なもの)
それでは、本編をお楽しみください。裏話も同時更新予定です。
※カバーにお借りしたもの 背景:ぱくたそ様
咲夜:dairi様
幻想郷を紅い霧が覆った夜——
「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ」
「こんなに月も紅いのに」
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」
赤と紅の閃光が交差する。
吸血鬼の手から弾幕が放たれる。赤い巫女はそれを難なく躱し、反撃の態勢を整えていく。
紅い弾幕は絶え間なく放たれ続け、赤い巫女の行動を制限する。
「……鬱陶しい!」
苛立った博麗の巫女は、懐からお札を取り出した。それを待っていたと言わんばかりのタイミングで、紅い吸血鬼は呟く。
「獄符『千本の針の山』」
自身の放った弾幕と、巫女の弾幕の間を縫うように、針状の弾幕が赤い巫女を襲う。赤い巫女は、少し驚いたような表情を見せたが——ペースを崩すこともなく、一つ一つを丁寧に避けていく。吸血鬼は、冷静かつ着実に——相手の動きを予測しながら、弾幕を放つ。
「博麗の巫女といったかしら?貴方……中々やるわね。今まで私が戦ってきた中でもトップクラスの実力者だわ」
赤い巫女は言葉を発することなく、吸血鬼との距離を縮める。
「(敵を倒すことに長けた、一切無駄の無い動き——ギリギリで避けているように見えるが、その動き一つ一つが意味を成している——信じられん……これが人間だというのか)」
放たれる弾幕の動きを正確に予想し、安全な位置へと避ける——弾幕勝負に特化した、洗練された動き——今まで戦ってきた中に、ここまで美しい戦い方をする者がいただろうか。
「……!?」
吸血鬼が思考の世界から戻ったときには、もう遅い。戦場を取り囲む無数の弾幕——その中心に立つのは、赤い巫女。吸血鬼は、心の底から戦いを楽しんでいるような——嬉々とした表情を浮かべ、最後の言葉を発する。
「紅色の幻想郷」
赤い巫女の弾幕をかき消し、彼女を守るかのように——紅い弾幕が、レミリアの周りに出現する。
「楽しかったわ、博麗の巫女——」
吸血鬼が右腕を振り翳《かざ》す。それに呼応するように、最後の弾幕が、赤い巫女を仕留めるべく動き出した。
だが、赤い巫女は動じない。冷静に、上空へ弾幕を誘導する。弾幕が赤い巫女に集中したその瞬間——赤い巫女は、全身の力を抜き、一気に下へと落ちていった。
「——!?
(何を考えている……?生身の人間がこの高さから落ちれば、間違いなく死ぬぞ……!)」
赤い巫女は、重力に従って落ちていく。地面から僅か一メートルに達し、頭が地面に着くかと思われた、その刹那——巫女は、方向を勢いよく変え、人間のレベルを遥かに越えた速度で、吸血鬼の背後まで回り込んだ。
「霊符『夢想封印』」
虹色の弾幕が紅をかき消した。博麗の巫女は、吸血鬼に背を向ける。幻想郷の守護者の、絶対的な強さを、吸血鬼は肌で感じた。
これが博麗の巫女か。これが幻想郷の正義か。
紅き月夜が終わりを迎えた。霧が晴れ、朝が訪れる——
永い夢を見ていた。それは、過去。何気ない日常の一ページに過ぎない、戦いの夢。
ベッドを出、従者の名を呼ぼうとするが、頭痛で体が思うように動かない。ベッドから自力で出るのを諦め、そのままメイドを呼ぶ。
「咲夜」
その一言を待っていたかのように、虚空からメイドが現れる。彼女の名は十六夜咲夜——時を操る能力を持つ、完全で瀟洒な従者だ。
「お嬢様?体調が優れないように見えますが」
「あぁ……頭痛が酷くてな」
「風邪をひいてしまったのかもしれませんね。永遠亭に行って薬を貰ってきましょうか」
会話と同時に支度を始めるメイドを、姿が消える直前に呼び止める。
「いや、そんなに大したことじゃない。
夢を見たあとは、決まって頭痛がする。そして」
レミリアは口ごもった。
「……とにかく、何か病気なわけではないから気にしないでくれ。朝食の用意と、着替えの手伝いだけ頼む」
「承知致しました」
夢を見た日の朝は決まって頭痛がする。そしてそのあとは、必ず嫌な出来事が起こる。
「今日はあまりいい一日にならなそうね……」
怪訝な表情でこちらを見る咲夜のことは気にせず、ポツリ、と呟くのだった。
レミリアが起きておよそ二時間後。悪魔の館を、魔法使いが訪れた。
「珍しいな、お前が私を呼ぶなんて」
魔法使いの名は霧雨魔理沙。元は職業としての魔法使いであり、種族は人間だったのだが——ある出来事で魔力が暴走し、魔法使いにより近い人間のような、曖昧な存在になっていた。まるで植物が持つような、美しい赤色の髪と瞳——彼女は、赤葉《もみじ》の魔法使いと呼ばれている。
魔理沙をわざわざ呼んだのには、幾つかの目的があった。一つは単純なものだが、もう一つは——
「頭痛に効く薬をここで作れないか?
霊夢のための薬を作った際に、薬学にも触れたと聞いたのだけれど」
「え?そうだな……おいメイド、この材料用意できるか?」
魔理沙は懐からメモ帳を取り出すと、薬品に必要な材料を書き込んだ。サラサラッ、と、紙の上をペンが走る心地の良い音がする。
「これならすぐに用意できるわ」
「おう、よろしくな」
魔理沙の声と共に、咲夜は姿を消した。それから数秒後——目の前には、必要な材料を全て揃えたメイドの姿が。
「少し待ってろ、そんなに時間はかからないぜ」
魔理沙は薬を生成するための魔法を唱えている。仕組みはよく分からないが、高度な技術を用いているのだろう。
「ところでお嬢様、起床時は「問題ない」と仰っていましたが……頭痛が治らないのですか?」
咲夜はレミリアの背中に手を当て、心配そうに尋ねる。
「あぁ、普段は一時間もしないうちに治るんだけどな……今日のは少し長いみたいだ」
レミリアは笑って誤魔化したが——今までに感じたことのない痛みと時間の長さに、焦りと不安を覚えていた。嫌な出来事が、頭痛や夢の長さに比例するわけではないが、今回のそれは特に異質。頭から胸へ——心臓ではなく、心を抉られるような痛みが、全身を駆け巡っていた。
「ほら、完成したぞ」
魔理沙は薬を紙の上に置いて渡す。レミリアは、咲夜から水を受け取ると、勢いよく薬を飲んだ。
「……これで効くのよね」
「あぁ、五分もすれば効いてくるだろう。」
レミリアは頭をわしゃわしゃと掻いた。
「そう。助かったわ、ありがとう」
「ところで、咲夜——」
数刻前に感じた、嫌な予感——確実にこちらに近づいてきている——そんな気がしてならなかった。
予感は、この瞬間的中した。
「お前、不老不死には興味が無いのか?」
「え?
そうね……無限に時間があったって仕方ないから、不死は御免かしら。ただ」
咲夜がそう言いかけたとき、レミリアは水の入ったカップを落とした。パリン、と、陶器の割れる音が部屋に響く。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
咲夜がその一言を告げた際には、もうカップの破片は無くなっていた。相変わらず仕事が速い。
「あぁ……すまない」
「おいおい、大丈夫か?
薬を飲んで一分も経ってないんだから、無理に動こうとするんじゃない。」
魔理沙はスッと立ち上がった。
「別に頭痛が原因じゃないんだが……いや、なんでもない」
レミリアは、頭を右手で押さえている。
「もう頭痛ならとっくに治ったさ。少し出かけてくる」
「おい待て——!
……行っちまったな。荒らすだけ荒らしてすまん、追いかけてくる」
「えぇ、行ってらっしゃい。
魔理沙、貴方も変わったわね」
首を傾げる魔理沙に、咲夜は——
「その姿になる前の貴方だったら、いちいち礼なんて言わないもの。ありがとうね」
と。
「お、おう?変なやつだな、お前も……。まぁいいや、行ってくるぜ」
魔法の森にて。日光下にいる時間を僅か一分に留めることで、なんとかダメージを受けずに(そんなに焦る必要はないのだが)魔理沙の家まで向かったレミリアは、深く息をついていた。
「おー、いたいた。
最初から私を連れてくるつもりだったなら、さっさと要件を言えば——いや、言えなかった、のか」
あの出来事以降、霊夢と魔理沙の距離は縮まった。とはいえ——互いの生活リズムや環境が大きく異なるため、同棲をすることもできず——結局、今までと変わらない生活を送っていた。
「ここまでして察せないほど、貴方は鈍くないと知っていたからね」
「この姿になってから、やたらと褒められるような……?
まぁいいや、中入れよ」
悪寒。
嫌な予感の正体が、徐々に迫ってきている——そんな感覚が、レミリアを襲っていた。
「貴方に隠しても仕方がないし、はっきり言わせてもらうわ。
……咲夜の寿命を延ばす方法があるというの?もしあったとして、それを実現することは可能?」
「まず、寿命を延ばす方法だが——勿論ある。それを実現することもできる。だが、本人の意思を無視して、強制的に飲ませようとするのであれば——私はお前を倒さなければならない」
魔理沙は真剣な表情を崩さない。今までに二度、薬による長寿の変化を体験している彼女だからこそ、重みのある言葉となるのだ。
「本人がそれを望むのなら——咲夜に長寿の薬を飲ませても構わない、ということね?」
それにつられ、レミリアの表情も引きしまったものになる。
「あぁ。
だが、作り方がわかっていても、相当の時間を要する。私のときとは違って、お前には時間があるからな。私が材料を用意している間に、咲夜《あいつ》のとこに行って、その意思があるということを確認してきてくれ」
いくら自分が当事者だからとはいえ——いや、自分が当事者だからこそ——寿命が延びることによって変わるものの重さがわかるのだろう。異変解決に赴くときの彼女よりも、真剣味のある——強い責任感を背負ったような姿が、そこにはあった。
「あ、そうそう。
とっくに日は昇っている時間帯だ。さっき日焼け止めを渡されていたんでな。一応、返しておく」
魔理沙から日焼け止めを受け取り、軽く腕に塗る。材料採取の支度を始める魔理沙を見ながら、レミリアは——
「ありがとうね」
と、呟くのだった。
「あら、珍しく門番が真面目に仕事をしているかと思えば——パチェ、何か急ぎの用事?」
魔法の森を出、霧の湖を駆け抜け(飛んでいるが)——館の門前まで戻ってきたところで、親友のパチュリー・ノーレッジに出会った。
「美鈴、貴方は館へ戻っていなさい。ここにいたら怪我するわ」
「へぇ、何をするつもり?」
「まずは話をしましょう」
パチュリーはレミリアを手招きする。友人と数メートルの距離を保ったまま会話するのは気分が良くない、ということなのだろう。素直にレミリアは応じた。
「幾つか質問をさせてもらうわ。
一つ目。
頭痛が酷いらしいと咲夜に聞いたけど……大丈夫?
二つ目。
貴方、何を企んでいるの?」
パチュリーは問うた。
「あぁ、頭痛はもう大丈夫よ。
それで、何を企んでいるのか……ね。親友の貴方に隠し事をするのはよくないものね、言わせてもらうわ。
私が企んでいるのは——咲夜に長寿の力を与えること。〝赤葉の魔法使い〟の力を借りて、生命を引き出す薬を作ってもらうのよ」
ちなみに、〝赤葉の魔法使い〟が作る薬の効果は、蓬莱の薬とは似て非なるものである。
蓬莱の薬は、一度飲めば永遠の命を手に入れ、不老不死となることができる。要するに「絶対的な永遠」である。
それに対し、〝赤葉の魔法使い〟が作る薬は——あくまで長寿になれるだけ。少し寿命が延び、不健康な人間でも健康的な生活を送れるようになる程度である。だが、レミリアの依頼を承諾する際、念を押してきた通り、その薬を使うことによる影響は多く存在すると考えられる。試作品の段階でも、髪や瞳の変色、魔力の増加など、様々な変化が見られるのだ。
「今すぐその計画を中止しなさい」
「わけも解らないのに、貴方の言うことを「はいそうですか」って、私が受け入れると思うの?詳しく説明して」
「あいつのことだから、影響の説明なんてしてないんだろうけど……。あの薬は、身体に様々な影響をもたらすわ。
そもそも、今までに薬を服用したのはたった一人、博麗霊夢だけ。魔理沙に私が飲ませたのは、それよりも不完全な薬品だからカウントしないものとするわ。一人のデータでは正確な値を測れたとはいえないし、結果以上の何かが起こりうる可能性があるのよ。
魔理沙の技術や貴方の考えを、正面から全否定するわけではないわ。だけど、まだ研究が進んでいない——言うなれば、開発段階の技術なの。もし咲夜に何かあったら、どうするの?」
「結果以上の何か?」
「これはあくまで魔理沙の予測だけど——心身に大きな変化が訪れることで、心がついていかない場合と、身体がついていかない場合の事故が起こりうる」
「ふむ。
パチェ、貴方の主張はよく解ったわ。だけど、私が薬の製作を止めることはない。勿論、本人の許可が取れない以上、無理に飲ませるつもりはないわ。だけど——ここまでずっと探し求めてきたものだから。易々と逃すわけにはいかないわ」
「……そう。
本当は話し合いで納得してもらえるのが理想だったんだけど……そう上手くいくわけがない、か。」
「はっ?何を言って……」
レミリアの横を、レーザーが掠める。それは、至って静かに空を切り裂き、雲と衝突した。雲は一瞬のうちに破壊され、日光が姿を現す。
「貴方はここで私が止める。貴方の勝手な行動で、咲夜を危険に晒すわけにはいかないもの」
「……へぇ。
貴方に私が止められる?」
「あまり私を舐めないことね」
「取り敢えず、日光は邪魔になるから……」
レミリアは指を鳴らす。
紅い霧が紅魔館一帯を覆い、日光を遮った。
「わざわざ雲をどかしたのに……無駄になったわ」
「貴方と弾幕を交える機会なんて、そうそう無いでしょ?どうせなら楽しめた方がいいじゃない」
「本来の目的を忘れないことね。
だからこそ、手加減は無しよ——!」
レミリアとパチュリーは空へ舞い上がる。魔力を纏った二本の柱が、霧の中で光り輝く。
「必殺「ハートブレイク」」
「水符「プリンセスウンディネ」」
弾幕がぶつかり合う。相殺されなかったパチュリーの弾幕が、戦場に雨を降らせる。吸血鬼の弱点である流水を計算に含めた、無駄のない魔法。
「……雨は嫌いなのだけれど」
「あら、そうだったかしら。覚えていなかったわ、ごめんなさい」
「紅魔の主に向かってその態度……許されざる行為ね」
レミリアは右手を天に向かってあげる。その瞬間、パチュリーが降らせた弾幕は、一つ残らず塵(水飛沫?)と化した。パチュリーのレーザー弾よりも速く、範囲の広い、正確な弾幕。
「……そう上手くはいかないものね」
「思い切って一気に攻めてきたらどう?」
「その余裕がいつまで持つかしらね」
パチュリーは戦場に幾つもの魔法陣を生成する。魔法陣から放たれる弾幕は、会話の終了を意味する合図だ。
レミリアは、パチュリーの放つ様々な性質の弾幕を、余裕を持って躱していく。弱点である流水や日光の性質を持つ弾幕にも怯まず、距離を保ちながら回避。反撃の隙を見計らいながら、丁寧に弾幕を放つ。紅く輝く弾幕と、七色の弾幕。それぞれが衝突——相殺を繰り返す。
「いい加減にしたら?私の弱点を突こうって考えは、通用しないのよ」
「もう一度言うわ。あまり私を舐めないことね——!」
弾幕の数が増え、質が向上する度、それに合わせて口数が少なくなっていく。互いに余裕がなくなっているのか、弾幕勝負を楽しむことに集中しているのか——霧で視界は遮られており、どちらか判断するのは困難だ。
「随分口数が減ったわね。弾幕の勢いも衰えてきているし、もう余裕が無いのかしら?」
「……」
レミリアは応えない。弾幕を放つ数を徐々に減らし、回避に徹する体制を整えている。
「もう私と会話はしたくないの?」
「……」
レミリアは弾幕を放つことを止めた。その場に留まったまま動かない。パチュリーからどうなっているのかは見えないが、弾幕が照らす光と魔力によって、大体の位置は予測することができる。
「これで最後よ——!」
レミリアの周りを、赤、青、黄——幾つもの弾幕が取り囲む。意味が込められた一つ一つの弾幕が、相手の逃げ場を確実に狭め、行動を制限する——自身の魔法を愛し、長年研究を重ねたからこそ、実現できる戦い方だ。
「……」
パチュリーの弾幕は、少しずつ勢いを増しながら、レミリアとの距離を縮めていく。
「……ふふ」
レミリアは笑った。
その刹那、レミリアの体は、重力に従うまま、どんどんと地に落ちていく。
「なっ……!?」
夢で見た、紅き月夜の戦い。赤い巫女の戦術を、そっくりそのまま再現した——無駄のない動き。パチュリーは大きく動揺し、弾幕を放つ手を一瞬止めた。勢いの失われた弾幕は、レミリアを捕えることなく、消滅していく。それを見逃さず、レミリアは再び上空まで飛び上がる。
「これで終わりにしましょう」
「……えぇ。」
レミリアは、片手に大きな槍を握る。神槍「スピア・ザ・グングニル」。
「パチェ、一つ頼みがある」
「……戦闘中に?」
「あぁ。
絶対に避けて。今の私に、加減できる程の余裕は無い。もし、これに直撃したら——」
「その先は言わなくて結構。
避けないわ、弾き返してあげる」
「待て、フルパワーで投げたこれを、受け止めるどころか、弾き返すなんて不可能」
「敵に放つこともできない臆病者は、そのままやられてしまいなさい——!」
パチュリーから、最後の弾幕が放たれる。普段のレミリアならば、親友を想い、負けてでもその弾幕を受け止めていただろう。だが、今の彼女には、そんな余裕も、判断力も——何一つ残っていなかった。反射的に、フルパワーで——その槍を、放つ。
「しまっ——」
「問題ない……!これくらい、簡単に受け止」
この状況において、パチュリーは少しも判断を遅らせず、適切な処置を行なった。弾幕を放ったあと、全ての魔力を使い、何重にもバリアを張ったのだ。だが、全力で投げられた神の槍を、微かに残った魔力のバリアで抑え——ましてや、弾き返すなど不可能だ。
「パ、チェ……?」
勢いが限界にまで達した槍は、パチュリーの胸に突き刺さった。レミリアの霊力が尽きると同時に、槍は姿を消す。パチュリーは、その場に倒れ込んだ。ドサッ、と、生々しく、肉体が地面に叩きつけられる音がする。
「嘘、よ」
夢を見た次の朝は、決まって頭痛がする。そしてそのあとは——必ず、気分を害する、嫌な出来事が起こる。
パチュリーの放った最後の弾幕は、霧をかき消し、再び雨を降らせた。
太陽が無慈悲にレミリアを照らす。雨はレミリアの体を濡らす。
「なんで、なんで……こんな……」
吸血鬼にとって、最も危険な環境下にいることも忘れ——レミリアは、動かなくなった親友の姿を、ただ見つめることしかできなかった。
あの後。
パチュリーは魔理沙によって応急処置を施されたあと、すぐに永遠亭へと運ばれた。
「……私のせいだ。
私のせいで、パチュリーは」
レミリアは、そう呟くことしかできなかった。自らの手で親友に大怪我をさせたにも関わらず、何もできないという無力さ。それを痛感し、心を病んだ自分の弱さを恥じ、自己嫌悪に陥る。負のサイクルにはまってしまった。
「……そう悲観的になるな。
二人の間で何があったのかは知らないが、これはあくまで事故だ。死にはしないって——」
「あくまで死なないだけ。
もしこれで、今まで以上に不自由な生活をさせることになってしまったら、私はどう責任を取れば」
「もうあとは……いや、なんでもない。」
あとは医者に任せるしかない。そう言おうとしたのだが、深く傷ついた今の彼女には、何を言っても逆効果。これ以上の発言はレミリアを壊しかねない——そう判断した魔理沙は、何も言わず、パチュリーの眠る病室へと向かっていった。
「……なぁパチュリー。早く起きてくれよ。もしお前が、元のように生活できなくなったら……あいつはどうなっちまうんだ?私達は、どんな顔であいつと——お前と接すればいい?」
魔理沙は、隣で眠る友人に語りかける。きっとあいつのことだ、なんだかんだで無事に戻ってくる——どこか、そんな気がしてしまうが——それでも不安は拭いきれない。
「お前が倒れて数時間の話だから、まだ気持ちの整理が追いついてないのかもしれんが……今のレミリア《あいつ》、見てられないんだよ」
魔理沙は、愚痴を零すように、友人に語りかける。返答は、無い。
「……どうしたもんかねぇ」
「なぁ咲夜」
ずっと黙っていたレミリアが、口を開いた。
「私を一発、思いっきり殴ってくれ」
「……いくらなんでも、貴方にそんなことはできません」
咲夜は、拳を強く握っている。きっと彼女も、親孝行の一つもしてやれない自分に、無力さと強い自己嫌悪を感じているのだろう。
「……医者を呼んで」
「は、はい」
咲夜は少し戸惑いながらも、すぐに医者を連れてきた。
「……パチェは、どれくらいで意識を取り戻すの?傷口を塞ぐことは可能?」
「先ほど傷跡を確認しましたが、槍はそんなに深く刺さっていなかったようですし、致命傷は回避していました。ですので、数日程度で目を覚ますでしょう。傷口を塞ぐことも可能です。……あまり悲観的にならないでくださいね。貴方の親友は、すぐに良くなるわ」
レミリアは、帽子を深く被り——
「よかった……」
と、ただ一言だけ。
「お嬢様、今日はもう帰りましょう。」
咲夜は、レミリアを抱き寄せた。
金色に輝く月が顔を出し始めた頃。
館の前に立っていた門番は、帰ってきたレミリアたちを見、駆け足で彼女の元へと寄った。
「美鈴、今日はもういいわ。何かあったときのため、パチュリー様が、館に侵入できないような結界を張れるようにしてくれていたから。今日はお嬢様のため、少しでも近くにいてあげて」
小さな声で咲夜は囁いた。
「はい。パチュリー様のご容態は?」
「問題ないそうよ」
「そうですか。……お嬢様、行きましょう。」
普段は姉だろうとお構いなしにちょっかいを出してくる妹——フランドール・スカーレットも、事態が深刻であることを察したのだろう。物陰から姉の様子を見つめているだけだった。
「妹様」
「咲夜?」
姿は見えないが、どこかから確かに声がする。
「お嬢様は今、心に深い傷を負っています。優しく寄り添ってあげてください」
「お姉様の、ため?」
フランドールは、よくわからない、そんな顔をしている。
「えぇ。そして、紅魔館のためでもあるんです。貴方にしかできないことですから——お願いします」
「うん、頑張ってみる」
フランもレミリアの元へと駆け寄っていった。咲夜の姿はどこにもないままだ。
いつ消えたのかは、誰も覚えちゃいないが。
レミリアの部屋にて。咲夜の働きによって集まった美鈴とフランは、何も言わず、彼女の傍にいた。
「本当に、すまないことをした……。このままでは部下に示しがつかない。私を殴れ」
フランは美鈴の胸に顔を埋めている。まだ幼い彼女にとって、こういう状況でどうしたらいいのか考えるというのは、非常に難しいだろう。
「そんな……お嬢様、いくらなんでもそんなこと」
「はは……本当に優しいな、お前達は。咲夜も同じことを言っていた」
美鈴は困ったような表情をする。頼みの綱である咲夜は、いつの間にかここから消えてしまっていた。
「ねぇ、パチェはどうしたの……?お姉様、私、何したらいいかわかんないよ……」
「フラン、おいで」
レミリアはフランドールを抱きしめた。
「落ち着いて聞いて。パチェは今、私のせいで病院にいるの。すぐに戻ってくるけど、目が覚めるまで時間が——」
そう言いかけたところで、フランドールの異変に気がついた。
「わかんないよ!なんで……!なんでパチェはいないの!?私が知らない間に、何があったのよ!なんで私はいつも仲間外れなの?ねぇ!なんで!」
フランドールの感情が爆発した。美鈴は無事なようだが、壁は破壊され、すぐ近くにいたレミリアは体中から血を噴き出し、その場に座っていた。
「あっ——」
普段通りであれば、レミリアはフランドールを叱っていただろう。だが、今のレミリアに誰かを叱る権利など無い。それに——
「これが……お姉様の気持ちなの?」
「ごめんね、フラン……。私のせいで、こんなに辛い思いをさせてしまって……」
フランドールは涙を流す。美鈴も、帽子を深く被り、必死で涙を隠そうとしている。切ない。レミリアを責める意志を持つものは、この場にいなかった。
「大丈夫だよ、お姉様。私達は誰も、貴方のことを責めないわ。だから——泣かないで?紅魔館の、主なんでしょ……?」
レミリアは、ハッとしたような表情になり——
「フラン、美鈴、ありがとう。」
と、二人の顔を見て言ったのだった。
フランと美鈴が共に眠りについたあとの話。
レミリアはバルコニーで、咲夜の淹れた紅茶を楽しんでいた。
「咲夜」
「はい」
「お前だったのだろう?フランと美鈴を動かしてくれたのは」
「ふふ、どうでしょう」
咲夜は昇る月を眺めながら続ける。
「ひとつだけ。何があろうと、私は貴方の味方です。たとえ、誰が貴方の敵になろうとも、どんな悪夢が貴方を襲おうとも、どんな責任が貴方を押しつぶそうとも——貴方の傍にいます。それが、従者としての責務——いえ、最大の親孝行なのですから」
「……良い従者を持ったな、私は」
レミリアは、小さく笑う。咲夜の目に映るのは、疲弊しきったあの顔ではなく、いつも通りの、優しさを感じさせる顔だった。
「咲夜。私はお前から、その一言を聞けて満足だが——言っておかなければならないことがある。」
「はい、なんでもお申し付けください。貴方のためなら、神だろうと龍だろうと狩ってみせましょう」
「そいつは頼もしいな。
私が伝えたいこと、それは——」
次の日。
気怠さと共に目を覚ましたレミリアに、一つの知らせが届いた。
「パチェが……意識を取り戻した?」
「はい。永遠亭の兎が来たのだと、門番から」
「そう。今の天気は?」
「曇りです。」
「それじゃ、館は任せたわ」
もう一人で大丈夫だ。その気持ちを汲み取った咲夜は、それに関して深く問わず、ただ一言——
「はい、お気をつけて。」
と。
咲夜は、大きな翼で空を舞う主人を、姿が見えなくなるまで、ただただ見つめていた。
扉を開けると、そこには——窓から景色を眺める友人の姿があった。
「パチェ」
レミリアの声に、パチュリーは、ピクッと肩を震わせる。
「……レミィ。
よくもまぁ、大きな傷をつけた次の日に、相手の様子を見に来れるものね。私だったら、数週間は顔を見せられないわよ」
「ごめんなさい、本当に」
「……まったく、調子に乗るとすぐこうなるんだから」
パチュリーは、レミリアの方を向く。鮮やかな紫色の瞳は、青髪の少女を映し出していた。
「貴方の悲しむ姿なんて、誰も見たくないのよ」
パチュリーはレミリアから目を離さず、続ける。
「私が怪我を負ったことなんて、些細な出来事の一つに過ぎない。それより、私を傷つけた責任に苛まれている貴方を見ることの方が辛いのよ。今の貴方に説教をするつもりはないけど、もう少し元気でいてくれないと困るわ……。」
「そう、ね。パチェ、本当にごめんなさい。私の我儘で、貴方をこんな目に遭わせてしまって」
もう気にしなくていい、そんな言葉がパチュリーの脳裏を過ったが、レミリアの気持ちを無下にするのは失礼に値する。そう考えたパチュリーは、素直に彼女の謝罪を受け取った。
「ところで、咲夜と話はしたの?」
「えぇ。昨日、私を一番支えてくれたのは咲夜だから」
「ほんっと、あの子には助けられるわね。いなくなったりでもしたら、生活が成り立たなくなるんじゃないの?」
パチュリーはレミリアに薬を手渡す。
「これって……まさか」
いつか、魔法使いが手にした——運命を操る、不思議な小瓶。
「えぇ。魔理沙が私の様子を見にきたとき、ついでに渡してくれたのよ」
「……パチェ、貴方がこれを渡すということは」
「解っているのでしょう?」
「帰ったら、すぐにでも実行に移しなさい。運命を変えるのは——貴方の能力《ちから》じゃないわ。貴方自身の手で、運命の糸を手繰り寄せるのよ」
「パチェ、本当にありがとう」
レミリアは深々と頭を下げる。
「こら、紅魔の主が頭を下げてどうするの」
パチュリーは今まで通りの笑みを浮かべる。その笑顔に、きっと励まされたのだろう。いつの間にか、レミリアの表情は、明るく無邪気な、今まで通りのものに戻っていた。
笑顔で病室を去ったレミリアを——パチュリーもまた、笑顔で見送るのだった。
「あれ、もう帰っちゃったんです?」
レミリアと入れ替わりでパチュリーの様子を見にきたうどんげは、ポカン、とした表情で、湯呑みの乗ったお盆を持っている。
「えぇ。ごめんなさいね、うちの我儘なお嬢様が」
レミリアが飲む予定だった緑茶を受け取り、パチュリーは小さく笑う。
「いえ、それは別に構いませんが……どうしたんですか?昨日は元気なかったのに」
「レミリア《あいつ》はいつもああなの。きっと大丈夫よ、あいつなら」
「はぁ……」
窓から見える景色(といっても竹やぶだが)を眺めながら、パチュリーはそう呟いた。
紅魔館に着いてすぐ。レミリアは、居眠りをしていた門番を翼で吹き飛ばし、掃除をしていた妖精メイドを跳ね除け、自室へと戻った。そして、大きく息を吸い、その名を呼んだ。
「咲夜」
「はい」
刹那、レミリアの傍らには従者の姿が。
「この薬をお前に渡しておく。必要になったら飲みなさい」
レミリアは小瓶を手渡す。
「お嬢様……」
「パチュリーは今まで通りだった。
咲夜、お前は、私がどうなろうと、必ず傍にいる——そう約束してくれたな。これは私からの感謝の気持ちだ」
「ふふっ、ありがたく頂戴致します」
咲夜は頭を下げる。丁寧で無駄のない、完璧な姿勢。
それを見て、レミリアは笑った。咲夜も、微笑んだ。
運命の糸がどうなったのか。それは、誰にもわからない——
運命を操る、不思議な小瓶——これを見つけることができれば、赤い糸が結ばれる——そんな言い伝えが存在する。
赤い糸は、運命。
赤い糸が結ぶのは、言葉では説明できない想い。運命がどんな方向に動くのか?それは、誰にもわからない。だが——間に何があろうと、自分の手で運命を手繰り寄せた者には、必ず意味のあるものを残す。
運命を操る小瓶は、今もメイドの手の中にある。
運命を操る小瓶にまつわるお話は、これでおしまい。
レミリアの周囲を埴輪が取り囲む。崖から彼女を見下ろすのは、埴輪を統率する兵長。
「レミリア・スカーレットよ、もう一度聞いておこう。我々の傘下に入る気は無いのだな?」
「何回も言わせないで。協力関係を築きたいのであれば、貴方達が下になりなさい」
「……お前ら、その吸血鬼を殺せ!」
埴輪がレミリアに飛びかかった、その瞬間。吸血鬼は、ある人物の名を呼んだ。
「——咲夜」
どこからともなく、無数のナイフが現れる。それは、埴輪の反応より速く、正確に、兵団の戦力を奪う。
「貴様が十六夜咲夜か——想像以上だ」
「まさか畜生界にまで、私の名が届いているとは——光栄ですわ」
咲夜は軽く頭を下げる。兵長は言葉を発さず、ただメイドを見つめていた。
「丁寧なもてなし、感謝致します。ですが——」
咲夜は、その場にいた全員の視界から消え去る。それを追うことができていたのは、レミリアのみ——兵長が気配を察知したときには、もう遅い。咲夜は上空から、物凄い速度で落ちてくる。
「速い——!?」
ギィン!と——金属同士がぶつかり合う甲高い音が周囲に響く。押し負ける——そう判断した兵長は、刀を投げ、後退する。
「お嬢様を見下ろす——その行為は許せないわ」
その台詞と同時に、レミリアが咲夜の隣に立った。
「ここは任せたわ、咲夜」
「こんな速度で戦う者が、人間にいるなんて……!」
「人間?さぁ、どうでしょう。試してみれば、判るかもしれませんね——」
銀髪のメイドは、不敵な笑みを浮かべた。