赤鬼はため息をついた。憂鬱のせいか顔色がやや紫になっている。
 今年もまた、あの季節がやってくる。

「どうしたの? ため息なんて」

 通りかかった女が赤鬼に話しかけた。

「お福か……。あなたはいいですよねえ、うちへ来い、うちへ来いって、どこからも招かれて」

「節分の話? そうね、鬼は大変そうよね」

「本来は私は怨の気を祓う役目ですよ。三百六十五日、真面目に怨祓いしてるんですよ。そりゃあ、力不足で全ての人に無病息災は運べませんよ。でもだからって豆をぶつけなくてもいいじゃないですか」

「ずいぶんと愚痴るのね。鬼さんらしくない」

「愚痴りたくもなりますよ。ああ、あと三日後ですよ」

 於福は明るい声で笑った。

「いいこと考えたわ! 節分の日、私と入れ代わりましょう」

「入れ代わる?」

「人間には私達は見えないんだから、簡単よ」

「でも、あなたが痛い想いをしてしまう」

「大丈夫、豆なんて華麗によけてみせるか」

「しかし……」

「きまり! じゃあ、これ借りていくわね」

「あ、ちょっと……」

 お福は鬼の手から金棒を取り上げると軽々かついで去っていった。

「大丈夫かな……」

 鬼は心配げに、お福の背中を見送った。


 節分当日、古い気がこごって、もやもやとした空気がそこここに蠢いていた。
 生真面目な赤鬼は、自分がやり残した仕事を眼前に見たようで、胃がキリキリと痛んだ。それを見ていた青鬼は鬼の背中をぱあん、と叩いた。

「くよくよするなって! 何のために豆をまくと思ってるんだよ。みんなでやればいいのさ。さ、今日はお前さんが福の神だろ。がんばってな」

 青鬼はまた赤鬼の背中を叩くと金棒をかついで颯爽と歩いていった?。

「私だけ豆から逃げて申し訳ないなあ。そうだ、お福はどうしてるだろう」

 急に心配になって赤鬼は走ってお福を探しにいった。

「お福のことだから、気が悪いところに初めに行ったのでは……」

 案の定、悪い気がもんもんとしている所にお福はいた。悪い気をまともに受けている家の窓から中を覗いていた。
 家のなかでは、おでこに熱冷却シートを貼って真っ赤な顔をしていた。熱があるのに豆まきしたくてしかたないらしい。

「がんばってー、がんばってー」

 お福が子供を応援している。その甲斐があったのか、子供は窓を開けてもらって豆をまき始めた。

「鬼はーそと! 福はーうち!」

 子供が投げた豆はまっすぐにお福に向かって飛んでいく。

「ほいっ!」

 お福は金棒で次々と豆を空に向かって打ち上げた。その豆はすべて悪い気にばらばらと降りかかった。気は散じて晴れやかな空気が湧いてきた。

「さあ、どんどん行くわよ!」

 お福が洋々と去っていくのを唖然と見送った赤鬼は、今日の仕事を思い出した。

「福はーうち!」

 子供の声に招かれるままに部屋のなかにはいり、子供の頭をなでた。子供はくしゃみをした。そのくしゃみと一緒に悪い気がビュンと出ていった。子供はみるみる元気になって、ますます勢いよく豆をまきだした。赤鬼は微笑み窓から外へ出た。
 
「福はーうち!」

「あいたたたた」

 子供がまいた豆を尻に受けて、赤鬼は慌てて走って逃げた。

 お福と赤鬼、青鬼が走り回って、空気はきれいに晴れ渡った。

「ああ、楽しかったわ。鬼ってこんなに楽しいのね」

 お福の言葉に赤鬼はうなずいた。

「お福の仕事にくらべたら、鬼の方がいいみたいですよ」

 赤鬼は金棒を返してもらうと、お福と別れた。

「鬼はーそと!」

 元気な掛け声をかけながら、来年の節分のためにすぶりをしながら、赤鬼は新しい気を胸一杯に吸い込んだ。