あるところに大きな親指姫がおりました。
 どのくらい大きいかというと、天を支える巨人の親指くらいで、人の背丈の三倍くらいあるのでした。
 そんなに大きくても親指姫はかわいらしく、求婚者が親指姫の家の前に列をつくりました。困った親指姫は夜の闇にまぎれて森の奥に隠れました。

 翌朝、求婚者たちは親指姫がいないことに気づいて大騒ぎになりました。
 たまたま家来を何人も連れて通りかかった隣の国の王子さまが、一人の小人に話しかけました。

「これはいったい、なんの騒ぎかな?」

「王子さまはご存じではないのですか。かわいいかわいい、大きな親指姫が行方不明なのです」

「大きな親指姫? 親指姫は親指ほどにちいさいから親指姫というのだろう」

「大きな親指姫は巨人の親指ほどに大きいのです」

 王子さまは、なるほどと納得しました。けれどまた首をひねりました。

「それほどに大きな者がはたしてかわいらしいものだろうか」

 小人は目をむいて親指姫がどれほど素敵か語りました。


「親指姫は愛らしい唇と薔薇色の頬と泉のように澄んだ目を持っているのです。それより何より姫は優しくて人にも動物にも花や樹からも愛されているのです」

「なるほど。それほど素晴らしい女性ならば、ぜひとも会ってみたい」

 これを聞いた求婚者たちは大慌て。王子さまがとても美しい青年なので、親指姫は王子さまを好きになるかもしれないと思ったのです。
 みんなはてんでんばらばらに散らばりました。

「皆、姫を探すあてはあるのだろうか」

 王子さまがつぶやくと小人があくびをしながら答えました。

「あてずっぽうですよ。皆ほんとうは親指姫のことをなんにも知りやしないんです」

「君は親指姫をよく知っているのかい?」

 小人はまたあくびをしました。

「ほんとうに親指姫を知ってるのは親指姫だけですよ」

 王子さまはまた、なるほどと思いました。

「どうだろう、きみ。僕が大きな親指姫を探すのを手伝ってはくれないか」

 小人は横目でチラリと王子さまを見て、手のひらを突き出しました。王子さまが首をひねると小人は王子様に詰め寄りました。

「タダ働きはイヤだね」

「なるほど」

 王子様は胸のブローチをはずして小人、に渡しました。金の台座に宝石がちりばめられた、とてもきれいなブローチでした。

「まあ、いいよ。親指姫に会わせてあげるよ」

「君は親指姫の居場所を知っているのかい?」

「まあね。ほら、ついてきなよ」

 小人は王子様の前に立って走り出しました。王子様の半分の背丈なのに王子様のどの家来よりずっと早く走りました。

 王子様が馬に乗ってのんびりついていくと、小人は森に駆け込み、ちょろちろと木の間を走り回り、それを追いかける王子様の家来たちはふりまわされて、あっちの木にどんとぶつかり、こっちのやぶにツッコンだり、とうとう皆いなくなって王子様と小人は二人きりになりました。
 王子様は感心して言いました。

「なるほど。君は私を親指姫にあわせたくないんだね」

 小人はそしらぬふりで口笛を吹いています。

「もっと宝石を持っているが、どうだろう」

 小人が横目でチラリと見ると、王子様はにこやかに、指輪や耳飾り、それにふところから金貨まで出してみせました。小人は口をぐっと噛んで、なにか考えていました。

 その時、森の奥から繁みを掻き分けるような音がしました。熊だろうかと王子様が剣に手をかけたとき、繁みから大きな女の子が出てきました。
 王子様は、女の子の大きさとかわいらしさに驚いて、ぽかんと口を開けました。

「親指! なんでこんなところに!」

 小人が叫んで女の子に駆け寄りました。

「あら、あなたこそ。私、あなたのお家に行くところだったの」

「だめだよ、隠れていなくちゃ。皆に見つかるよ」

「見つかってもいいわ。皆に知ってもらいましょうよ」

「だけど、おいらみたいな男じゃ、皆、納得しないよ」

「そんなことないわ。あなたはとっても男らしくて素敵な……」

「えへん!」

 王子様が咳払いをしてみせて初めて、親指姫は小人が一人きりじゃないことに気づきましなた。

「あら、あなたのお知り合い?」

 小人はばつが悪そうに下を向きました。

「隣の国の王子様だよ」

 小人が言うと親指姫は優雅におじぎをしました。

「初めまして王子様。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ、親指姫。噂にたがわぬ素敵な方だ」

 小人はそっと二人からとおざかろうとしました。王子様はそんな小人に大きな声で語りかけました。

「それで、二人の結婚式はいつかな?」

「え?」

 小人は驚いて立ち止まりました。

「愛し合う君と親指姫の婚礼を心から祝福するよ」

 その言葉に親指姫は恥ずかしそうにうつむき、小人は悲しそうに目をそらしました。

「なぜ君は視線をそらすんだい?」

 王子様がたずねると、小人は沈んだ声で答えました。

「おいらみたいなちっぽけな男に、親指姫を幸せにすることなんてできやしないよ」

「私はあなたじゃなきゃだめなの!」

 親指姫は小人に駆け寄って、彼の手を取りました。大きな大きな親指姫の手が小さな小さな小人の手を温かく包み込みました。

「でも、おいらは王子様から宝石を巻き上げるような、みみっちい男なんだよ」

「ほうせき?」

 小人は親指姫の目の前に、王子様のブローチをだしてみせました。親指姫は目を丸くして、何が起きたか分からないようでした。

「私のブローチがどうかしたかな?」

 王子様が馬から降りて小人に近づいてきます。小人は王子様をだました罪でつかまる覚悟を決めて、ぐっと視線をあげました。
 王子様は小人をにらんでいましたが、しばらくすると、ふと微笑みました。

「私からの婚姻の祝はお気に召さなかったかな」

「婚姻のいわい?」

 王子様は、ぽかんとしている小人の手と親指姫の手を繋がせました。

「君たちのようなかわいらしい夫婦は他にいないだろう。どうか末長く幸せに」

 小人が何か言おうとして口を開きかけた時、やぶを乗り越えて王子様の家来たちがやって来ました。

「王子、そのぬすっとを今すぐとらえます!」

 王子はのんびりと答えます。

「彼は私の友人だ。ぬすっとなどではないよ」

 家来を黙らせた王子は親指姫と小人に微笑みかけて、ひらりと馬に乗りました。

「良い家庭を築いてほしい。ではな」

 そう言い残して王子様は家来を従えてさっていきました。
 残された小人は、親指姫にどんな顔をしてみせたらいいのか分からずに、キョロキョロと目を動かして、親指姫を見ようとしません。
 親指姫は小人を抱き上げて頬擦りしました。

「世界で一番あなたが好きよ」

 小人はうつむいてしまいました。

「君は勘違いしてるんだよ。きっと君は友情を勘違いしてるんだよ」

 親指姫は小人の頬を優しくつねりました。

「私のことは私が一番知ってるわ。あなたも知っているとおりにね」

 小人は嬉しくて泣きそうになりながら親指姫に抱きつきました。

 そうして二人は末長く幸せに暮らしました。