じいちゃんは、すぐに何でも「わからんなあ」と言う。
「なお、これ、じいちゃんわからん」
 そして分からないことは全部私に聞いてくる。
「これこれ、スマホ。どうやって電池いれるんだ?」
「あれ? じいちゃん、いつスマホ買ったの?」
「これは美紗さんのだ」
「お母さんの!? だめだよ! 勝手にさわったら、またイモリを背中にいれられるよ!」
「ちょっと借りるだけだよ」
「だめだって! それにロックがかかってるし」
「鍵はどうやってあけるんだ?」
「だめだって!」
 じいちゃんは「わからん」「わからん」と言いながらスマホをいじくり回している。気配を感じて振り返ると、ドアのすきまからママが覗いている。氷の女王のような冷たい目をしている。あまりの迫力にひるんで部屋のすみに逃げた。じいちゃんはなんにも気づかず「わからん」「わからん」といいつづけている。
 お母さんは足音も立てずにじいちゃんの背後に歩み寄った。ぐいっとじいちゃんの襟を引っ張ると背中に手を突っ込んだ。
「うひゃほほう!」
 冷え性のお母さんの手はびっくりするほど冷たい。じいちゃんは慌てて振り返ってスマホを背中に隠した。
「おとうさん? なにしてらっしゃるの?」
「あ、いや、その……」
「後ろに隠してらっしゃるのはなあに?」
「いやそのこれは」
 お母さんはじいちゃんの背中に回り込んでスマホを取り上げた。
「あら、私のスマホ」
「あ、いやこれは」
「おとうさんったら、いたずらこぞうなんだから。ほほほほ」
「ははははは」
「廊下にたってなさい!」
「はいい!」
 廊下に立たされたじいちゃんの隣に立って話しかけてみた。
「しかしさあ。いいかげんお母さんからかうのやめたら」
「いやあ、やめられんなあ」
「なんで」
「わからんなあ」
「私はじいちゃんがドMだからだと思うよ」
「そうかなあ。じいちゃんにはわからんよ」
 じいちゃんはぜったいわかってる。
 だけどまあ、お母さんだってわかってるのだし、仲いいんだから、いっか。
「なにを考え込んでいるんだ?」
「さあ、わかんないな」
「おまえはじいちゃんに似とるなあ」
「さあ、わかんないな」
 じいちゃんは「わからんわからん」と言いながら嬉しそうに立っている。
 すくなくとも私はドMじゃないぞとおもいつつ立っている。じ、じいちゃんに付き合ってるだけなんだから。とツンデレなことを思いながら。