『宝塚歌劇団に入りたったの』

 とママは言って二つ年下の妹、あずさをバレエ教室にいれた。
 あずさはピンクのレオタードを着て喜んで跳び跳ねている。
 私はママに期待なんかされないから、ママとあずさがバレエ教室に行っている間、家で算数の参考書と向き合う。

『お姉ちゃんはいい子でね。手がかからなくてラクよ』

 ママが電話で友達と話しているのを聞いた。ちょうど小学校から帰ってきた私がリビングに入っていくと、ママはバツが悪そうな顔をして、早々に電話を切った。いつもなら夕飯のしたくもろくにしないで話し続けるのに。

『いい子』

 というのが

『どうでもいい子』

 という意味なのだと、その時始めて気づいた。


 算数が終わったら国語。国語が終わったら日本史、日本史が終わったら英語、勉強、勉強、勉強しかママに認めてもらえるものがない。私には、勉強しかない。
 フリルやリボンやチュチュやトゥシューズは私にはない。
 私にピンクが似合わないから? 私が運動苦手だから?

 シャーペンを放り出し、ノートをペンでぐちゃぐちゃと黒く塗りたくる。参考書を机に叩きつける。椅子を蹴って立ち上がりペンケースを壁に投げつけた。

 はあはあと荒い息がととのわないまま、のろのろと散らばったペンを拾い集めた。
 私の机と並んだあずさの机の下に落ちたペンに手を伸ばすと、奥の方にトゥシューズが置いてあることに気づいた。忘れていったんだ。

 机の下から引っ張りだして両手で包んでみた。初心者用でやわらかなベビーピンクのトゥシューズは私を誘惑した。
 私はトゥシューズに足を入れた。小さすぎてかかとがはみ出た。リボンで結んで無理矢理立ち上がった。

 両手を広げて飛んでみる。どすんという音をたてて着地する。手足をばらばらに動かして踊る。
 人がみたらただ暴れているようにしか見えないだろう。けれど私は踊っていた。トゥシューズを履いて、息を乱し、汗を流し、踊りつづけた。

 呼吸が続かなくなって止まったときにはリボンがはずれてトゥシューズは脱げてしまっていた。私はそれをあずさの机の下に蹴り込んだ。

 裸足でつま先立ち、くるくると回る。世界が溶けてバターになるくらい回って回って回って。目が回って倒れても、世界は硬いままだった。

 それでも私は踊った。踊ったのだ。私はいつでも踊ることができるんだ。
 私は裸足で踊るんだ。