ハルくんは電車がだいすき。
 毎日ママにおねがいして駅まで電車を見に行きます。

「キシャ キシャ シュッポ シュッポ♪」

 ママにおそわった歌を歌いながら、走っていく電車に手を振りました。


「あれ?」

 ハルくんは五年生になったとき、ふと思いました。

「キシャって、なんだろう? シュッポってどんな意味だろう?」

 ママに聞けばすぐに教えてくれたでしょう。
 けれど、ちょうどこの時、ハルくんはママとケンカをしていました。

 ハルくんは国語の辞書をひきました。

「キシャって列車のことなの? 蒸気機関車ってなに?」

 ひとつの言葉を調べると、知らない言葉が出てきて、また調べる。ハルくんは面白くなって次々とページをめくりました。

 キシャのことはよくわかりましたが、シュッポのことが分かりません。

「インターネットで調べればすぐに分かるのになあ」

 ハルくんはネットゲームばかりして勉強をしないので起こったママがLANケーブルを抜いてしまったのでした。
 それでハルくんはママとケンカをしたのです。

 ハルくんがパソコンをうらめしげににらんでいると、リビング に入ってきたママが言いました。

「ハルくん、だめよ。ゲームは禁止です」

「違うよ、調べたいことがあるんだ」

「そんなこと言ってもダメよ。ゲームするための言い訳でしょ」

「ちがうよ! 本当に調べものだよ!」

「なにを調べたいの?」

 ハルくんは黙りこみました。まだ仲直りしたくなかったハルくんは、ママにないしょで調べたかったのです。

「ほら、やっぱり」

「うそじゃないったら!」

 ママはもうハルくんの言葉を聞かずに行ってしまいました。

 その夜、ハルくんはパパに聞いてみることにしました。

「ねえ、パパ。シュッポってなに?」

「ええ? シュッポ? なんだ、そりゃ」

「ほら、歌があるでしょ、汽車汽車シュッポシュッポって」

「ああ、そのシュッポか。それはな……」

 パパは天井に目をやって少し考えました。

「ジッポのことだよ。ほら、ライターの。ジッポの古い言い方がシュッポ」

「ライターと汽車になんの関係があるの?」

「昔は蒸気機関車といって蒸気を動力にして走る列車だ」

「それは知ってる」

「そうか、物知りだな。それで、だ。蒸気を作るために石炭を燃やす。その火をつけるために使われたのがシュッポ。いわゆるジッポだ」

「ジッポじゃないとダメなの?」

「国が決めた正規品がジッポだったんだ」

「へーえ」

「勉強になってよかったな」

「うん」

 ハルくんは満足してシュッポのことを次第に忘れていきました。



 ハルくんに子供ができて、お父さんになったころ、ハルくんはシュッポがジッポだったんじゃないことを知りました。

 汽車が煙を吐く時の音を歌っているのだと知って、パパのウソにちょっぴり怒りました。

 けれど、煙よりもジッポの方がずっとカッコいいと思いました。

 ハルくんは眠っている赤ちゃんに「汽車汽車シュッポシュッポ」と歌ってあげました。