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私はお風呂派


 騎士見習いになってから二週間が過ぎ、マーガレットは訓練が終わっても倒れこむことがなくなりました。午前中の三時間の走り込みと午後の五時間の剣の稽古を毎日続け、ほっそりしていたマーガレットの手足にしなやかな筋肉がつきました。
 昼休み、丸パンをかじりながらマーガレットは腕を曲げ、カイルにちからこぶを作ってみせます。

「ほら、カイル。私も力持ちになったのよ」

「毎日見せなくてもわかってるよ。それよりパンを置いてから喋るべきだ」

 カイルはあっという間に昼食を食べ終えてマーガレットを待っています。

「行儀が悪いから? カイルは母上のようなことを言うのね」

「礼節が騎士の第一義だ。食事のマナーも大事なことだ」

「でも、私は勇者になるんだから、騎士の礼儀は関係ないと思うわ」

 カイルはぴしりと伸びた背を、ふにゃりと曲げて猫背になってみせました。

「こんな勇者を信用できる?」

 ついでに口をぽかんと開けてみせます。

「……嫌だわ、国の命運を任せたくないわ」

 マーガレットは両手で目を覆います。カイルは笑いながら姿勢をただしました。

「ほら、早く食べないと遅刻するぞ」

 急かされて、マーガレットは急いで、しかし優雅に食事を終えました。



「本日から本物の剣での素振りを始める。くれぐれも怪我には気を付けるように」

 普段は訓練には参加しないウォルター兵士長が珍しく姿を見せました。

「剣は騎士の忠誠心を示します。各々、自らの心を扱うのだと思い、剣にむかうように」

 ピートが一本ずつ、剣を騎士見習いに手渡していきます。マーガレットも受け取って、そのずっしりとした重さにびっくりしました。訓練用の木剣とは比べものにならない重さに、思わず剣を取り落としそうになりました。隣にいたカイルはしっかりと剣を握ると、胸の前に立てて持ちました。そうしていると本当の騎士のようでした。マーガレットも真似して剣を掲げてみました。ふつふつとお腹の底から嬉しさが湧きあがります。

(これで私もまた一歩、勇者に近づいたんだわ)

「剣は行き渡ったか! これより訓練を開始する!」

 兵士長の号令で皆は剣を腰に佩きました。皆の表情が今までとは違っています。眼差しはキリッとして、密かな意思を秘めたような目をしています。剣の重さが皆に変化をもたらしたのでした。

「抜剣!」

 皆が鞘から剣を引き抜きます。銀色の刀身に日が射して白く光ります。マーガレットはその光を今まで見た何よりも美しいと感じました。

「かまえ!」

 片手用の剣を右手に握り、右足を半歩前に出し左手は腰の位置まで下ろします。

「打撃!」

 右手を大きく振り上げ、振り下ろします。剣の重さに何人か、引きずられるようにたたらを踏みました。マーガレットもあやうく前に踏み出しそうになりましたが、なんとかこらえ、剣をまた元の構えに戻しました。
 それから一時間、本物の剣での素振りは続きました。皆腕が上がらなくなるほどに疲れています。ピートが全員から剣を受け取ります。ピートが前に立っても、マーガレットは剣を手放そうとしません。

「どうしたんですか、マーガレット。疲れて手が開きませんか?」

 マーガレットは剣をぎゅっと抱きしめてからピートに手渡しました。

「私の最初の相棒に挨拶していたのです」

 そう言ったマーガレットを、ピートは優しく見つめました。



 訓練後、騎士見習いたちはいつもより大きな声で話しながら宿舎へと戻っていきます。マーガレットはカイルと並んで歩きます。

「どうした、マーガレット? 後宮に戻らないのか?」

「私も皆と宿舎で暮らしたいわ」

 カイルはあっけに取られた表情でマーガレットの顔をまじまじと見ています。

「だめかしら?」

「だめだろう」

「どうして?」

「宿舎は男子のみが住んでいるんだ、女性が一緒に入れるわけがない」

「でも、私も騎士見習いだわ」

「それ以前に、一人の女性だ」

 カイルにまっすぐ見つめられてマーガレットはすごすごと下を向きました。

「わかったわ。部屋に戻る」

 とぼとぼと去っていく背中にカイルは「また明日な!」と呼びかけましたがマーガレットからの返事はありませんでした。


 部屋に戻れば、マーガレットは姫として過ごさねばなりません。重たく長いドレス、結いあげた髪、きゅうくつな靴。それらすべてを、マーガレットは捨てたつもりでした。けれど騎士見習いとしている時間以外は、やはり姫は姫なのでした。
 汗を流すために浴室へ入ると侍女が四人待っていて、入浴の手伝いをします。香りの良い湯に浸かり手足を伸ばしていると、昼間の疲れが抜けていきます。それと同時に自分の努力も水に溶けていってしまうようで、姫は悲しくなってしまいます。

(私はどこまで行っても、所詮は姫なのだわ。守られる存在であって、第一線に出る兵士にはなれはしないのかもしれない……)

 すいすいと大きな浴槽を泳ぎながら姫は考えます。

(いくら剣を振れるようになっても、私はただの姫……)

「姫さま! はしたのうございます!」

 侍女の一人が大声で叫びながらバシャバシャと湯を蹴立てて姫に走り寄ると、裸のお尻にローブを着せかけました。

「お尻をまるだしにするなど、レディーの仕草ではございません!」

 たしなめられて、姫はプッと吹きだしました。そうしてザバリと湯音高く立ち上がり、侍女をめんくらわせました。

「私は勇者になるんだから! 姫ならはしたないかもしれない。けれど勇者なら……」

「勇者はお尻を丸出しにはいたしません!」

 侍女はやっぱり叫ぶと、ローブをマーガレットに着せかけました。マーガレットは口をつきだして渋々ローブをまといました。

(でもいいわ。今日は本物の剣を振れるようになったのだもの。大きな前進だわ)

 そうして姫として晩餐の席に向かったのでした。



 剣を持った姫、やっとレベル2。