アロハシャツの始まりは、皆さんもご存知のように、ハワイに訪れるツーリスト用のおみやげアイテムとして広まっていったと思われます。
柄に関しては、ハワイアンネイティブの 「タパ柄」 が主流でその後に、「トロピカル柄」や「和柄」などが出回ったと思われます。
昔から日系移民が多く、苦しい生活のなか着物などをリメイクしてシャツやムームーにし、それを見たお土産屋やメーカーが和柄も商品として、作り始めたと思われます。
私がハワイに住んでいたころ、沢山の年配の方と知り合って、とてもお世話になりました。
ほとんどの人が日系一世、二世でした。
ある時、90才代のおじいちゃんに、私が和柄のアロハシャツが欲しいと言ったら
「それを昔は、アロハシャツと言わずに、カピシャツと言っていたんだよ。」
と、教えてもらってとても勉強になった事を思い出します。
初っぱなから大御所が登場。
’50年代 ヒロ ハッティ パッぺット
’50年代の物だけに生地も古く彼女のムームーのイメージ
がとてもでています。
ヒロ ハッティは実在の人物で’40~’50年代にとても人気の
歌って踊れる「コメディアン」で学校の先生でもあった。
芸能界をリタイヤしてメインランドに移住する時に
「ヒロ ハッティ」の芸名をアロハのメーカーに売ったのでした。
左上 コーヒーポット 右上 コーヒーカップ&ソーサー
左下 バターケース 右下 シュガーポット
' 40年代 ハワイアンコーラル食器シリーズ
デザインは ドン ブランディング (1894-1957)
ハワイのメジャーアーチスト。
アートやコラムを書いたり 特にネイティブ的なフラワーデザインが美しい。
この人のデザインは人気が有り、アロハシャツやいろいろな商品に使われました。
私も大好きなデザイナーで、直筆のサインが書かれている本を何冊か所有しています。
私が所有している中でも最もマニアックなのは、彼がまだ有名になる前に書いたカラーリングブック(ぬりえ)
今度機会があったらお見せします。
’40年代 ユナイテッド社製 フラクロック
ユナイテッド社は、ミッドセンチュリーから幅広くデザイナー的な商品を出してきた。
この置時計は、四角い中にフラダンサーと右下に男性のドラマーがいる。
電気コンセント式で、タイマーをセットすると、背景にオレンジのランプがつき、夕焼けのイメージになる。
そして、フラダンサーが腰をうごかし、ドラマーがドラムを叩く、かわいいモデルです。
たしか、10年位前にマウイ島にてget。







