半田市の「新見南吉記念館」を出て、次は半田運河にある「ミツカンミュージアム」に向かいました。半田運河は江戸時代、半田から江戸へと特産の酒や酢を運ぶために造られた運河で情景は、往時の面影を今に伝えています。周辺には体験型博物館「ミツカンミュージアム」や「國盛 酒の文化館」も在って運河沿いの遊歩道が整備されていました。「ミツカンミュージアムは、ミツカンの酢づくりの歴史やものづくりへのこだわり、食文化の魅力などにふれ、楽しみ、学べる体験型博物館です。私達が「ミツカンミュージアム」に到着したのは午後4時、既に閉館していました。仕方なく運河沿いの遊歩道を散策して江戸情緒を満喫出来ました。ミツカン酢は文化元年(1804年)の創業で初代中野又左衛門である。酒づくりのかたわら、江戸に出て自らが手掛ける“粕酢”の可能性を確信。以来、220余年に渡って、初代又左衛門が注いだ情熱と こだわりは醤油に並ぶ和食の調味料の酢を作り続けてきたのでした。焼酎(イイチコ)を醸造している三和酒蔵同様に「中野一族」3氏による同族の共同企業で株式も公開せず同族経営を続けて良質な酢を製造し続けています。公開すれば利益本位の経営をしいられますし、品質を重視すれば同族経営が好ましいのでしょう。全国の醸造業には同族経営が多いのは品質への拘りの所為でしょう。サントリーの他清酒業の「菊の司」や「佐々木酒造/京都」を初め味噌醤油の「フンドーキン/宮崎」や正田醤油(館林日清製粉の親会社)等は品質重視の為公開には無関心ですミツカン酢はミツカンの商標が示す通リの中野家の同族経営です。

ミツカンの米酢、酒樽を3枚の蓋で閉めている商標は中野一族3氏の共同企業である事を示しています。

中野一族が経営している「国盛/国ざかり」は清酒醸造業が米酢の基本である事を示しています

半田運河を歩いていると京都伏見の運河を想い出しました。伏見運河は伏見でできたお酒を運河を経て宇治川から淀川を経て江戸迄10石国船や30船に乗せて運んだのです。有名清酒メーカーの蔵と柳並木の運河沿い遊歩道が半田運河います。

京都の伏見運河は江戸迄清酒を運びます

ミツカンミュージアムの向かいは蔵の建物で土産物とレストランが賑わっている様でした。

ミツカンの蔵をミュージアムに転用したようです

半田運河の西側には清酒の「国盛」の蔵が並んでいました。

半田運河の西の岸辺に見える高層ビルがミツカン本社その左が蔵群でミュージアムもある

岡崎市にある八丁味噌の「角キュー」は合資会社で早川家の同族経営です。

岡崎の八丁味噌角キューの味噌樽。同族経営だから伝統的な製造を続けて美味しいお味噌を生産できるのでしょう

今週に入って関東地方も梅雨入りしました。明日は熊谷市に行って昭和レトロうォーキングの予定です、暑い季節には体が酢を欲しがります。冷やし中華が美味しい季節です。精々ミツカン酢を戴いて、夏バテや食中毒を避けて日本の夏を過ごしましょう

                       【了】