昨日(1月4日)は川崎民家園にいって「民家園のお正月」を観にゆきました。

今年の正月は私の生家盛徳寺の境内で羽根つきを孫家族としました。

例年は地元川崎市登戸の御神楽や獅子舞の実演があったのですが、今年は正月三が日が週末に当たった事もあって、お神楽も獅子舞も在りませんでした。代わって子供達が喜ぶ正月遊びが民家の庭先や縁側で行われていました。男の子は佐々木家住宅で「独楽回し」や「達磨落し」女の子は広瀬家住宅の庭先で「羽根つき遊び」に興じていました。

佐々木家住宅の前庭で独楽回しに興じる男の子

佐々木家住宅の居間で達磨落しに興じる子供達

普段は子供の姿が見えない民家園に子供の嬌声が響いて民家の座敷童も喜んでいた事でしょう。昔は大豆や鰯を干していた民家の前庭は正月になれば近所の子供達の遊戯会場でした。男の子は独楽回しやメンコ遊びに興じ女の子は晴れ着を着て羽根つきに興じたのでした。私は広瀬家住宅(山梨県塩山)の前庭で行われている羽根つきを観にゆき。ベンチに腰かけて女の子の遊びをみながら羽根つきの民俗と歴史に思いを馳せました。

山梨県塩山の広瀬家住宅の庭で羽子板突きに興じる子供達。

塩山は強風なので屋根が低いので羽根が茅葺屋根の上に上がって大変でした。

羽根つきは、お正月の遊びとして親しまれて来ました。私の生家の盛徳寺の境内も正月遊びで近所の子供達の嬌声が終日響いていました。正月の晴れ着を着た女の子がマイ羽子板で羽根を突き合う姿は正月の風物詩でほほえましい光景でした。屹度越後の良寛上人は手毬をして興じていらしたのでしょう。倉敷の圓通寺の境内には良寛像が建って居て手に毬をもっています。倉敷で禅宗の印可を取得した良寛上人は修行の傍らで子供と手毬に興じたのでしょう案内には次の和歌を紹介していました。

霞立つ 長き春日を子供らと
 手まりつきつつ 今日もくらしつ

円通寺:イベント:山陽新聞デジタル|さんデジ

倉敷の円通寺は良寛が修行した寺でしたが、本来なら托鉢の鉢ではなくて。手毬の様にも見えます。

 

羽根つきは、平安時代に行われていた毬杖(ぎっきょう)という遊びに由来するとされています毬杖は、先端に木製の槌(つち)が付いた木製の杖を振って木製のを弾き、相手方陣地にその毬を打ち込む遊びでした。
この毬杖という遊びが、時を経て時代が移り変わって行くうちに変化し、杖が羽子板に、毬が羽根にそれぞれ置き換わり羽根つきに変わったと言われています。毬が羽根に置き換えられたのは、羽根や紐のついた分銅を蹴る遊びが中国から伝来したことが関係しているようです。羽子板には胡鬼板(こまいた)(という別名があり、それで突く羽根は胡鬼子(こきのこ)と呼ばれていました。胡鬼/こき」とは古代中国では「とんぼ」を指す言葉で、羽根付きの羽根の飛ぶ様子がとんぼに似ていたことから胡鬼子/こきのこと呼ばれたと言われています。日本では古来、蚊が媒介し様々な病を引き起こすと考えられていて、蚊を食べるとんぼは病を人々から遠ざけてくれる有難い益虫だと 見なされていました。
そのようなことから、羽子板でとんぼに似せた羽根を突く遊びは、遊びであると同時に一種の魔よけの儀式として行われるようになったと思われます。

羽根つきの羽根は、大きな4枚のを持つ落葉樹「つくばね」の実を模して作られたと言われています。
苞は、花のつぼみを包んでいた葉を指します。

つくばね,植物,ツクバネ

此れが筑波ねの実ですこれで遊んでいたのが中国伝来の遊び毬杖(ぎっきょう)に影響し羽根つきになったと考えられます
もともと手でつくばね実を突く遊びがあり、これが毬杖という遊びに影響し中国伝来の羽根付き分銅を蹴る遊びとあいまって最終的な羽根つきの形に変わっていったと思われます。
羽根付突きで使う羽根がつくばねの実に似た形状になったのは、ここに由来しているようです。更に、つくばねを「羽子板」で突く意味で槌を「羽子板」と呼ぶようになったのでしょう。こうした日本化現象は室町時代に起きたのでしょう。
羽根つきの羽根として使われる実は、最終的には落葉高木「六患子/むくろじゅ」の種が使われるようになりました。というのも、六患子の種は堅くて羽子板で弾くと辺りに響き渡る澄んだ音を立てますし、数珠の素材でありましたから羽根つきの素材には最適だったのでしょう。鎌倉に行くと宝戒寺や葛原神社の境内に六患子の大樹があって、台風一過の翌朝には六患子の実を拾う人が集まって来ます。

数珠にしたり、お手玉にしたりするのでしょう。

初秋に稔る六患子の実

六患子の実は蝋質の果皮の中に納まっています

 

六患子の実で作った数珠

六患子の実にはねをつけて羽子板で敵陣に打ち返すのは「災いや厄はこっちに来るな!向こうに行って!」動作であり遊戯でそれこそ正月の願事なのです。子供の正月遊戯はそのほとんどが民族の宗教的な願事で美俗です。大事に継承させたいものです。

      【了】