6月17日(土)が近づいて来ました。同日「日本文化研究会」のズームセミナーで私がレポートする事になっています。表題は「お墓は要らない」です。私は曹洞宗盛徳寺で産まれ育ちました。中学時代から葬式仏教に堕落していた仏教に失望していました。丁度その頃中村元氏が「原始仏教」を上梓されていましたので影響を受け「釈迦に帰れ」と考えていました。お寺にとって一番迷惑な存在は墓参者のいないお墓でした。お参りの無いお墓は荒れていますので寺族が墓掃除をしなくてなりません。朽ちかけた卒塔婆を観れば最終墓参者の名や年月が判ります。朽ちかけた卒塔婆は集めて焼却しました。墓に葬られた人も可哀想ですし、お寺にとっても迷惑です。寺はそうした放置された墓については手順を追って「墓地貸借契約の終了」を告知して一定期間経過後墓を撤収して新しい墓を建てて募集します。昨今は「宗旨は問わない、仏教でなくても良い」と広告して墓地執心しているようです。無縁仏を集めて「俱会一処」と刻んで無縁仏の合同慰霊塔にしています。

仏心寺の合同慰霊碑「俱会一処」

「俱会一処」とは念仏信徒の愛語で「この世では満たされなかったが来世では一緒になって幸福にすごそう」と云った意味です。「俱会一処」で無縁仏の慰霊をしてお墓に在った墓標は集めて無縁仏塔にしています。片瀬山上立寺は枝垂れ梅と蒙古使者の首塚で有名な寺ですが、大きな無縁仏塔を2基も立ててモノレールの下に広い墓地を分譲しました。

藤沢市片瀬山の上立寺の無縁仏塔は墓標を集めたモノです

先日鎌倉大仏高徳院の住職の講義を拝聴しましたが、鎌倉大仏は檀家が30戸と空くかったので経営は苦しく、明治時代は絵葉書の販売と記念写真撮影で糊口をしのいでいたそうです。私が小学生の時大仏の体内に入って背中から外を覗いたのも経営危機だったからでしょう。

鎌倉大仏も寺の経営危機から観光客を体内に入れていました。

何故お墓を建てたのか?、古今東西理由は明白です。墓を建てた子孫の正統性や財力。政治力を誇示するのが目的です。良い例が蘇我氏の墓です。一番立派な蘇我馬子の古墳が石舞台で、建立したのは子供の蘇我蝦夷か孫の入鹿でしょう。でも大化の改新で蘇我氏が滅亡すると蘇我蝦夷・入鹿親子の墓は極小(菖蒲池古墳)になってしまいました。

蘇我氏の墓は馬子の墓(石舞台古墳)が巨大なのは子孫の蝦夷や入鹿の権力が強大だったからです

現代は「終活」がブームです。「田舎に在る先祖代々の墓を子孫に残したら迷惑になろう!」危惧して終活に取り組んで「墓終い」を真剣に検討する友人は数多くいます。要領の優れた友人は先祖代々の墓の近くに自分の墓を用意して案内してくれました。屹度孫子や友人に「私が死んだら此処に眠っているので墓参りしてくれ!」と云う気持ちでしょう。子孫は朱色で刻まれた墓誌の塗料を剥がすだけで済みます。私は何度も臨死体験をしました。病院の緊急処置室に自分の体は置かれて自分の霊が体から幽体離脱して唐招提寺金堂の甍に飛んで行ったのでした。

公式】養老孟司 『幽体離脱の正体』〜人が死んだ時、すべての ...

養老孟子氏は幽体離脱現象を脳科学のスキルで説いて居られます

死んだら先祖代々の墓には行きませんでした。霊になった自分は自分が一番好きな処に行くのです。ですから石原裕次郎・伸太郎兄弟が逗子の海に散骨したのは自然なのです。

東京海洋散骨|豊富な実績と信用のある散骨会社

石原慎太郎の海上散骨もあって俄かに散骨に注目が集まっています

薔薇好きな人は薔薇園に桜好きな人は桜の樹下に埋めて貰うのが妥当でしょう。「お墓は要らない」「海洋散骨や樹木葬」がSGDSの現代に相応しい葬儀の形式でお墓だ,思います。

でもここで気になるのは自分の骨の処置方法です。日本では火葬する事が法律で決まって居ます。

「跡継ぎがいないからお墓はいらないけど、自分の骨はどうやって供養してもらったらいい?」
「樹木葬や散骨は、どういう供養方法なんだろう?誰に依頼すればよいのか?」
お墓に対する価値観の変化によって、樹木葬や納骨堂など新しい供養方法も目立ってきています。

樹木の墓 | 湘南メモリアルネット株式会社 | 茅ヶ崎市

なんじゃもんじゃの木で著名な茅ヶ崎成就院は樹木葬でも人気です

ソロソロ私のレポートの結論を述べます。有名寺院で立派な戒名を貰い広い墓地を求めて綺麗な墓石でお墓を作るのは将来子孫やお寺の迷惑になります。現在の税制では三代先の子孫は経済力が自分と同水準とは限りません。身に余る墓を預けるのは慎むべきです。でも子孫や友人に墓参して貰いたいのは自然心情です。ならば自分らしい葬儀を営んで貰い、子孫や友人が好きな場所に葬ってもらうか樹木葬や散骨して貰うとよいでしょう。京都や奈良なら子孫も友人も来てくれるでしょう。そしてこの景色は貴方が好きだったと思いかえして懐かしんでくれるでしょう、それがあなたの霊の回向になると思うのです。

吉野山・上千本

桜の吉野山。此処に樹木葬するか散骨して貰えば子孫も友人も来て貴人を想い出してくれるでしょう、それが回向になります。

                                            【了】