山形の月山に続く「湯殿山」山麓には幾つもの「即身仏」が祀られています。月山麓には天明の大飢饉の記念碑や飢饉に際して民衆を率いて領主に抗議した義民の碑(墓)を各所で観る事が出来ます。日本の古代から中世への過渡期に熊野では熊野の修験僧等が自発的に捨身をして熊野の海に漕ぎ出して民衆を主導しました。昨日アップした「熊野速玉神社」も「熊野曼荼羅図」にも「補陀落渡海舟」が描かれています。自発的な捨身という意味では「即身仏も」「補陀落渡海」も同じですが、「即身仏」は集落の人々の救済の為に「即身仏」になって「村の衆を助ける」と云った大乗仏教的な行為であるのに対して「補陀落渡海」は「熊野灘の沖合」又は海底に極楽が在る”と云った信仰の強さを示す行為であり、自分自身の魂の救済が主目的でありました。でも、文化的な影響力は強く「死者の遺体」を海に流す葬祭行事に引き継がれ、現在でも長崎の「精霊舟」等に継承されています。以上が従来私が持っていた「補陀落渡海」に対する認識で、ズット補陀落渡海の寺「補陀落山寺」を参詣したいと思って来ました。

湯殿山総本寺 大日坊瀧水寺/真如海上人の即身仏

長崎を始め隠岐ン等西海の島々では死者の初盆には精霊舟に死者の霊を乗せて沖合の極楽に送る宗教行為を営みます。

熊野速玉神社の「熊野曼荼羅図」速玉神社は曼荼羅の中央に描かれその海側に三棟の社殿で描かれているのが「補陀落山寺」です。

熊野灘の沖合には2艘の舟が描かれています。左が「補陀落渡海舟」です。

私達は新宮市内に近い補陀落山寺を詣でました。早速に本堂裏山に葬られている補陀落渡海上人の墓を詣でました。海抜50m程の丘陵の頂上は津波の避難地に指定されている様でした。スダジイや楠等の照葉樹の茂った細道を木の根に躓かない様に注意して上ると上人の墓(慰霊碑)が建っていました。その上段には平維盛の墓も祀られていました。

解説に依ると平維盛は源平合戦で敗走して此処新宮の沖合で入水死したとの事です。辞世の歌を案内していました。

生まれては終に死にてふ事のみぞ定め無き世の常ありけり

無常観と云うか諦観に満ちた辞世の歌でありました。平維盛は此処熊野の海が補陀落渡海の海で自死する格好の地であると思ったのでしょう。

楠やスダジイの茂った森を上って小山の中腹に補陀落渡海上人の墓が祀られていました。

手前下段が補陀落渡海上人の墓で10基余りあります。上の段が平維盛の墓で維盛を含めて従者の墓共々6基祀られていました。

補陀落渡海上人墓中で最大であった卵塔(補陀落渡海宥照上人塔と刻まれていました。

本堂前の補陀落渡海記念碑には25人の名が刻まれていました。

五來重氏の論文では補陀落渡海した人には熊野比丘尼が創作した人(例えば平時子等も含まれていて25人もいなかったのではないか?推論しています。

右側の一番大きい卵塔が平維盛の墓その右の丸い球が母平時子の墓

補陀落山寺は有名な割には境内は狭いし、堂塔も少ない何処にでも在る貧乏寺でした。庭掃除をしていた住職が気持ちよく挨拶して下され「本堂に上る様に境内湧き水は自分が毎日飲んでいるので大丈夫美味しい水だから飲んで行きなさい」言ってくれました。

補陀落山寺本堂左の石塔が「補陀落渡海紀年碑」

補陀落山寺の本堂より立派な「熊野三社堂」浜の熊野神社と云われる所以です。

境内の西際に建っているお堂に「補陀落渡海舟」が再現展示されていました。

再現された補陀落渡海舟

補陀落渡海舟を前方から見る。四方に鳥居があって上人は中央の箱部屋に入ると四方の窓を釘打ちされて沖合に流されるそうです。

復元舟が展示されているお堂の壁には実際に浮かんだ補陀落渡海舟の写真が展示されていました。

都から見れば熊野は東方ですから「薬師如来の浄土」なりますという事になります。民間信仰を主眼に観れば「水葬」は沖縄等で盛んに行われていましたし、現代もインドでは主要な葬儀の方法です。前段でも指摘した通りに初盆で実施される南西諸島の精霊舟も補陀落渡海の伝統を承継している様に思えます。人間も動植物と同じ地球の上に生きる生命ですから「死ぬのは嫌だし怖いのです死に際しても安心立命を願うものです。平維盛が刀が折れ矢が尽きて戦い通したからこそ「是も無常の時代の最期」と諦めて入水自死出来たのでしょう。それを後世の人がどの様に批評するかは問題外です。本人は全力を尽くしたから満足して海の彼方のある、海底にあるという「海神/わだずみの浄土」に往けたのでしょう「聞けわだつみの声!」は私達団塊世代の青春の必読書でした。近時南海の海底に沈んだ軍艦陸奥や長門が発見されて遺骨の収集が検討されています。海底に沈んだ霊は「英霊」と煽てられるのは望んでいなくて、平維盛の様に満足して死んで居たいと思って居る事でしょう。その為には日本の国が平和で美しい山河を大事にしている事が望まれます。    【了】