朝起きると、いつも通り冴えない中年親父が鏡の前にいて、ポケット瓶にしこたまやられた二日酔いの頭をボリボリ。

8時過ぎ、波止場の会のYさんから打ち合わせの電話。ギリギリまで寝ていたかったがここで起き、トーストとスクランブルエッグ、サンジョゼの慌ただしい朝食。9時30分、Yさんがタクシーで迎えに来て、市民ホールへ同乗。

今日の歌会は、4月の東奥日報夕刊向けの詠草。私は八戸えんぶりを詠んだ、
「太夫摺り東風が南部に雪降らす風の変わり目春の訪れ」
を提出。今回はやや月並みな作品だが、それも私の作風。歌自体に破綻はないので、合評もすんなり通過。

席上では100号を読まれた方のお便りが紹介される。私の「浅虫温泉にて」の中では、
「「立入禁止」の向こうへ行ってみたくなる/思い出の場所がそこにあるから」
が一番人気。

作者としては、補欠扱いで最後に繰り上げた作品だが、主観と客観はこれだけ違うものかと思い知る。先月の歌会で同人から一番評価されたのもこの歌。

歌会後、すぐに平内町へ戻るつもりだったが、91歳のYさんを一人で帰す訳にも行かず、一緒に立ち食いそば屋で昼食。

タクシーにて帰宅したが、Yさんの旧宅(書庫)玄関が雪の影響で開かなくなっており、検針に来た電力会社を待たせしばし立ち往生。ようやく出発したのは1時20分。大幅にスケジュールがずれたが、やむを得ない。

町立体育館で合流。赤坂台→愛宕→東滝→間木→浅所→後萢と旧小湊管内を廻る。17時終了、事務所で黙々とビラ折り。

19時から議員と打ち合わせかたがた夕食。持ち込まれた鱈のあらを捌き、「じゃっぱ汁」に調理。途中から酒の酔いも回り、昨日の一件の話になった。

「でもな、お前が下積みの仕事を地道にやって来たのは、相手にきっと伝わっていると思うよ」

「その挫折がなかったらそのまま病院の幹部になって、二世風吹かせて鼻持ちならない人間になっていたかも知れません。土に還れたと言う意味でも頭が上がりません…」

「そうかもな(笑)。それなら尚更しっかりしなくちゃな」

こういう時の男同士の酒は、やけに沁みるものだ。