結局、昨夜の帰宅は21時。疲労が抜けないまま早朝配達。かなり起きづらく、途中不整脈によるホワイトアウトもあり、やや遅刻気味。

帰宅後休む間もなく、リポDと降圧剤のみ(抗うつ剤は運転業務の前は服用しない)口にして運転業務へ出発。著しい体調不良なため普段なら断るが、新人候補を落とすことは出来ない。私の命より市民の生活。本日は候補者の夫人も随行。

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晴れ間の覗くモヤヒルズスキー場。天気が回復して、運行は楽。モヤヒルズに向かうスキー客や、地域の皆さんから激励を頂く。12時30分帰宅。

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アパートの屋根の雪が下がって来た。二階からの氷柱が迂闊に頭に落ちると、頭が割れるか首の骨が折れて即死である。落雪は青森の生活で最も怖いこと。

お昼はスコール(ディスカウントリカーショップ)の208円弁当に自作の豚汁。ようやく人心地。

ウイングス時代のブートDVD、「ワンハンド・クラッピング」到着。名作の誉れ高い映像集だ。1974年ツアーのリハーサルで、本来は公開を予定されていたもの。編集まで済んでいるが、なぜかオクラ入りになったまま。どうやらドラムスはブリッテンのようだ。
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幻の「スイサイド」(ビートルズ時代にフランク・シナトラに書いて没になった曲。ファーストアルバム「マッカートニー」の「燃える太陽のごとく」のエンディングに部分使用された)も収められている。「ワン・ハンド・クラッピング」の映像はこちら。


当時のライブの定番、稀代の名曲「ソイリー」も収められているのが嬉しい。しかしこの曲、スタジオバージョンは存在しないのか?こちらもYOUTUBEで。


さて、田中みのりさんの「ソラマド・コーヒータイム」を見る。この番組、すっかり心のオアシスになりつつある。みのりん画伯のキッチュで可愛いイラストで和んだ後(そういえばみのりんは、モデルのはなさんの若い頃にイメージがダブる)、浅虫に向けて家を出る。

バスに乗る前に水沢のトウケイニセイ記念を購入。三連単を2点。ガチガチだから外れないと思うが、儲けもなかろう。中央のフェアリーSは、午前中4Rの三浦皇成の騎乗馬による大量落馬(ウチパクは骨折だそうだ)で予想が狂い、見をした。まったく、デビュー二年のアンチャンのくせにほしのあきごときに現を抜かすからだ!もし競馬場に私がいたなら、面と向かって野次を飛ばすぞ。
携帯をしまい浅虫温泉行きの市営バスに乗り込む。


この間道の駅ゆ~さ浅虫の三階にある美術展示室では、昔の青森市内及び浅虫界隈の資料を展示している。

市内では旧県庁(当時は入口は北側)、青森市公会堂、旧桟橋、青函連絡船、松木屋呉服店旧店舗、成田本店旧店舗、掛け替え前の堤橋(通称:三本橋)、旧東北本線浪打駅及び浦町駅、私の母校浪打小学校向かいにあった青森師範学校(現:弘前大学教育学部)、青森競馬場、佃グラウンド…。そういえば旧青森駅舎は、現在地よりやや海寄りの安方通りに面していたのだった。

浅虫温泉(当時は東津軽郡野内村大字浅虫)では、湯の島や裸島、東北大学水産研究所付属水族館(旧水族館)、東奥館、温泉芸者、小松山にあった浅虫スキー場(現:東北本線浅虫トンネル出口付近)、東北本線旧線路及び久栗坂トンネル(現:国道4号うとうトンネル)、埋め立て前は海上を走っていた国道4号(写真は善知鳥崎古戦場付近)…。
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市街地の大半は戦災で消失したが、浪打駅など私が生まれた頃までは存在していたものもあった。今や廃墟と化している浜町の倉庫など、昔は函館の金森倉庫にも負けない規模だった。

青森市は、今でこそ全く特徴のない一地方都市だが、当時は割とイケていた街だったこともわかる。埋め立て前の浅虫温泉が「陸の孤島」だったことも。

新幹線の開業も迫っているが、駅舎は市街地からかなり離れている。アウガなど現在の中心市街地も、数年後には恐らく廃墟の群れになってしまうのだろう。

さて五階の展望風呂「はだか湯」。湯の島を眺めながら、いつしかウトウト…。気がつくと18時33分の青森駅行き市営バスを逃していた。


最終バスで帰宅。バスの中でトウケイニセイ記念を確認すると、三連単で7.5倍。つまり実質3.75倍。10000円も突っ込んで(1点5000円だぞ)、27500円しか儲けがない。まあ、これも地方競馬の特徴ではある。