(大幅に書き直しました)
写真を副業としていた頃、私には良く「神」が下りて来ました。
言い換えれば、あるイメージが浮かんで、それを撮るタイミングはいつで…。という「ひらめき」ですね。
ある土曜の夜中、不意に飛び起きて、「これから恐山!」と母に言い残して、車を飛ばして下北へ。
仕事中に、「七里長浜!」と一言叫ぶやいなや、有給の手続きそこそこに、職場から出来島へ。
…てなことが、良くありました(周囲はさぞハラハラしたでしょう(笑))。
その結果が、第72回・74回の「新構造展」や、二回に亘る東欧での個展に結実したんですが、身体を壊して6年も隠居生活をしていたら、すっかり「神」は降りなくなりました。
感性が低下する病気ですから、仕方がないのですが、ここ数年の自分の写真を見る度、
「切れがないなあ…」と思います。
比較的時間は自由でも、それはシャッターチャンスが増えることではないんですね。
地道にリハビリして来ましたが、それが画像に反映しない。
難しいですね。
写真を副業としていた頃、私には良く「神」が下りて来ました。
言い換えれば、あるイメージが浮かんで、それを撮るタイミングはいつで…。という「ひらめき」ですね。
ある土曜の夜中、不意に飛び起きて、「これから恐山!」と母に言い残して、車を飛ばして下北へ。
仕事中に、「七里長浜!」と一言叫ぶやいなや、有給の手続きそこそこに、職場から出来島へ。
…てなことが、良くありました(周囲はさぞハラハラしたでしょう(笑))。
その結果が、第72回・74回の「新構造展」や、二回に亘る東欧での個展に結実したんですが、身体を壊して6年も隠居生活をしていたら、すっかり「神」は降りなくなりました。
感性が低下する病気ですから、仕方がないのですが、ここ数年の自分の写真を見る度、
「切れがないなあ…」と思います。
比較的時間は自由でも、それはシャッターチャンスが増えることではないんですね。
地道にリハビリして来ましたが、それが画像に反映しない。
難しいですね。