WHO AM I もしくは WHAT AM I -第9話ー | 落語・ミステリー(もしくは落語ミステリー)・映画・プロレス・野球・草バンド活動のよもやま話、やってます。好きな人だけ寄ってって。

落語・ミステリー(もしくは落語ミステリー)・映画・プロレス・野球・草バンド活動のよもやま話、やってます。好きな人だけ寄ってって。

鎌田善和です。売れてない分時間はありますので、遅まきながらブログ始めました。記事は落語やミステリーが中心ですが、映画・野球・プロレス・草バンド活動(野球でいう草野球の事)もリストアップしておきます。気になる、興味がある、と思う人にだけ伝われば。

   第10話 『ループ(まだ後編ではないーその1-)』
 「ここは何処だろう?」
 いつもの朝、いつもの部屋のいつものベッドで目覚めた私は、しかし、何故か不思議とそんな事を考えながら躰を起こした。
 「いよいよ今日、例の”卵”の試運転をするんじゃないか」
 いくら昨日への時間旅行でしかないとはいえ、さすがにどんなアクシデントが起きるか分からない試運転の緊張というのは無視できないものなのか。だから寝覚めが悪くて、すっきりしない朝を迎えたのだろうか。それとも…。
 「まあいい。心配したって始まらないんだ、試運転をしようと決めた以上は。試運転さえ始めちゃえば、後はなるようにしかならない」
 いつもの着たきり雀のジーンズとトレーナーに着替えると、私は、管理人夫婦が朝食を用意してくれている筈のダイニングに足を運んだ。思った通りそこには、いつもの通りの私のための朝食がちゃんと設えられていた。
 務めて普段通りを心掛けた私は、いつもの様に食事を終え、2人に、悟られない程度の短い別れをしてから、いつもと変わらない時間、変わらない態度で研究室に向かった。そこにある”卵”の近くの工具棚の最も目立つところには、昨日から、管理人夫婦に宛てた手紙を置いておいた。それには、自分が試運転するに至るまでの経緯を事細かに書き記しておいた。
 「よしっ!」
 誰に言うでもなく、なかなか踏ん切りの付かない自分にそう一声かけて、私は、机の前の椅子から立ち上がった。そうしたのが良かったようで、それから先は、自分が思い描いていた通りの手順で全ての準備の再確認を終えられて、驚くほど冷静に”卵”の中に乗り込むことまでよどみなく出来た。
 「ふぅーっ」
 大きく一息深呼吸をして、それからヘルメットを被った。特にヘルメットが必要だとは感じていなかったが、原付のバイクに乗るのにだってヘルメットは被るものだ。
 「ふぅーっ。よ~し」
 喉仏の鳴る音がした。それをきっかけに、私は、動力のスイッチを”ON”にした。同時に小さな虫の羽音の様なものが聞こえて来た。次の瞬間、卵がひどく大きく揺れるのを感じるが早いか、腰掛けていた座席のシートベルトが衝撃で外れた。その拍子にそこから投げ出された私は、辛うじてヘルメットで護られたお蔭で頭に重篤な負傷を負わずに済んだようだったが、確実に意識は遠のいていた。そして次の瞬間、本当の暗黒に包まれた私は・・・・。

 「う、う~ん」
 とても不快な目覚めだった。意識がはっきりするに連れて、徐々に、躰のあちこちに走る痛みを意識せざるを得なくなっていた。特に下腹部には強い鈍痛が間断なく襲い掛かってくる。躰を起こそうとした私は、どうやら自分の躰がフカフカのマットレスのようなものにくるみ込まれているらしいと気付いた。3分の2ほどその中に沈み込んでいる躰は、強くも痛くも感じない状態で周囲のフカフカに拘束されていて、躰は起こせないようだ。ただ、起き上がるのは無理でも、無意識に床ずれを防ぐくらいの小さな寝返りのような身動きは出来ている。それを可能にしているのは、私の躰の動きに合わせて、私に密着して躰をくるんでいる部分が過不足なく密着しているそれの形を、自在に変化させるからだ。その上それの方から、私の躰に負担をかけない程度にゆっくりと、私の躰に最善の状態に誘ってもくれている。今の私は、まるで羊水の中に浮かんで安らいでいる胎児のようだった。しかも私を包んでいるそれの表面からは幾つもの微細な管が出ていて、それらが私の躰と繋がっているのを感じている。おそらくそれらから、栄養や治療薬などが、私の躰に送り込まれているに違いない。となればどう考えても今の私は、”昨日”ではなくて、”著しく医学の進歩した未来”にいるという事になるのだろう。そしてそれを証明する状況が、すぐ次の瞬間、私に訪れた。
 「気が付きましたか」
 周囲には人の気配がないのに、私の耳に、何処からかそんな問いかけが聞こえた。いや、”聞こえた”というのは正確ではなさそうだ。それは、私をくるんでいるフカフカが振動を遣って、私に骨伝導で伝えてきた言葉だったようだ。しかも私はその問い掛けに、声で答える必要もなかった。私の後頭部に接して根を生やすように馴染んでいるフレキシブルな管が、私が頭に思い浮かべた内容を、そのまま、問い掛けて来た相手に正確に伝えている様に思えたからだ。というのも、
 「ご心配には及びませんよ」
 と、また私にそう聞こえて来たからだ。これは、私が一言も口にしなかった心配事に対する回答だった。しかもそれには、考えを先取りしたような更なるきちんとした説明まで伴っていた。
 「旧式の試作機である上に不完全な資材を使って無理やり完成させた、そう、昔はタイムマシーンとか呼ばれていたようですがね、あんな危ないものに乗ったりするから、事故が起きたんですよ。もっとも、人類の歴史そのものに重大な影響を及ぼしかねないという理由で、世界各国が秘密裏にあの機械の試作の開発競争をし始めた時点で、国連憲章によってそれの製造・販はが禁止されました。あなたはおそらく、開発の途中でお蔵入りになってどこかの博物館の倉庫でホコリを被っていたのを、勝手に持ち出して密造したのでしょう?まあ、その罰でも当たったんだと観念して、多少の痛い思いは我慢するんですね。ただ、国連憲章違反ですからね、当病院も貴方をインターポールに通報しない訳には行きません。でも、ご安心ください。当院のメディカルチェックで逮捕勾留が可能だと判断しない限り、貴方をインターポールには引き渡しませんから。まずはゆっくりと回復に専念して下さい」
 これで事情は大まかに掴めた。どうやら私はタイムマシーンによる時空の移動に、半分成功して半分失敗したようだ。こうなってみると、予期せぬ失敗が大昔への移動でなくて本当に良かった。そして私は、努めて穏やかに、自分が乗って来たタイムマシーンを心配してみせた。
 「ご心配には及びませんよ。何しろあれが突然、私どもの所属する大学の構内に何処からともなく墜落して来たんですからね、あの機械から放り出されて瀕死の重傷を負った貴方を、大学の附属病院であるここに運んだあとで国連に報告したところ、なんとあの機械、私どもの大学に所有権が発生いたしましてね。ですからあれは、今後、私どもの大学が保管します。ゆくゆくは機械工学科の生徒たちの教材として展示すべく、最低限の補修を施しているところです。もちろん悪用できないように、そして貴方の様な不心得…いや冒険心旺盛な方々に悪用されないように、実用化し得る改良は施さないという条件付きで、です。余談になりますが、それ故に、国連の査察チームが、補修に立ち会っております」
 この、私をくるんでいるフカフカは、”性善説”という思想の元に作られているようだ。おそらく犯罪者というカテゴリーに分別されているであろう私にも、何でも正直に伝えてくれる。もっとも、私の考えに悪意を欠片でも感じれば、一切の情報は遮断するようになっているのだろう。やはり頭に浮かべるのは、努めて穏やかに、しかも感情や思考を込めないで、というのが正解だったようだ。私は頭の中で、至って冷静に、今集めたばかりの情報を、事実を事実として、そのまま纏めてみた。今、自分は未来にいる。瀕死の重傷を負ったが、回復しつつある。回復がある程度の段階に進めば、自分は世界の秩序維持に反した犯罪者として、インターポールによって収監される。国連憲章違反なのだから相当重い刑が科せられるだろう。場合によっては生涯、収監者のままで人生を終えねばならないかもしれない。そして、詳しい場所こそ分からないが、自分を犯罪者に仕立て上げたポンコツはそう遠くない場所にあって、それには補修が施されている。となれば、もう選択の余地はない。当然私は、ここまでで思考を停止させた。(つづく)