小学校の頃は、両親が福岡なので、母方のおじいちゃんの家でお正月。1戸建ての寒いトイレの前に鰤(ぶり)が一匹吊るしてあった。母は5人兄弟の長女でにぎやかなお正月。

 

 心より愛と感謝をこめて

いろりを囲む窪田隼也さんと千恵さん=山梨県韮崎市のゲストハウス「空穂宿」


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 お正月と言えば、家族や親族が一堂に会し、テレビや料理を囲む光景が当たり前でした。しかし、核家族化や高齢化などが進み、だんらんの形にも変化が訪れています。

 

 ■古民家の宿、みんなで年越し

 かつては養蚕農家だった古民家は天井が高く、底冷えする元日の朝は室内でも吐く息が白い。いろりの残り火が暖かい部屋に、寝床からはんてんを羽織った人が次々に集まり、「明けましておめでとう」とあいさつを交わす。

 

 山梨県韮崎市にあるゲストハウス「空穂宿(くぼしゅく)」。県内の福祉職の女性(40)は、ここ数年、このいろり端で新しい年を迎えている。

 

 子どもの頃のお正月は、祖父母の家に親戚が集まった。だが祖父が亡くなり、祖母は高齢者施設に入った。しばらくは家族旅行に出かけたが、9年前に妹が結婚してからは難しい。一緒に暮らす70代の両親は、最近は紅白歌合戦を最後まで見ることもなく寝てしまう。

 

 日頃は仕事で帰宅が遅く、一緒に食卓を囲むことはほとんどない。個人の部屋にテレビもエアコンもあり、それぞれが自由に過ごす。ただ、にぎやかな思い出が残る年越しの時期だけは、だれかと楽しく過ごしたいと思う。女性にとって、この宿での年越しは、欠かせないものになりつつある。

 

 空穂宿は、窪田隼也さん(40)と妻の千恵さん(45)が2007年に始め、大みそかには「年越しイベント」をやってきた。ほうとうを手打ちし、カルタやけん玉で遊び、時おり雑音の混じる真空管ラジオに合わせてカウントダウン。初日の出を2階のベランダから見るのも恒例。予約は1カ月前からだが、今回は3日間で12人の定員が埋まった。女性のようなリピーターが半分以上だ。

 

 宿を始める時に「いなかのおじいちゃん、おばあちゃんのうち」をめざそうと考えた。「よく来た」と迎えてくれ、みんなでいろりを囲む、そんな場所だ。

 

 お客さんの中には、実家が遠かったり、親や祖父母を亡くしたりして帰省できない人もいる。年齢に関係なく気張らずに集まれるところにできたら、と願い、2人ともまだ30歳前後の開業当時から、「オジィ」「オカミ」を名乗ってきた。常連客には「おかえり」と声をかける。

 

 いろりのある部屋以外はあまり暖めないのも「作戦」と千恵さんはほほ笑む。火の周りに人が集まってくるし、引っ込み思案の人も、「寒いから」と輪に入りやすい。

 

 2人は手作りのポチ袋で「お年玉」を渡し、宿泊客を送り出す。中には、明るい色のこよりを結んだ5円玉が1枚。女性はこれを1年間大切にとっておく。年が明けたら、おさい銭箱に入れるのが新たな習慣になった。

 

 ■妻亡き後、出会った仲間

 広島市の片山征治さん(79)はこの10年、年末年始の3泊4日を仲のよい友人たちと過ごしている。人数は年によって違うが、最近は7、8人。いずれも60~70歳代、男女は半々くらい。みんな配偶者との死別や離別を経験し、ほとんどが普段は一人暮らしをしている。

 

 片山さんの2DKの自宅に、大みそかの午前中から人が集まってくる。過ごし方は、それぞれだ。片山さんはマージャンざんまい。紅白歌合戦を見る人もいれば、料理好きの2人は元日に備え、黒豆1キロを煮て、卵焼きを大量に焼く。冗談を言い合ったり、近況を語り合ったり。1月1日午前0時には、全員食卓につき、年越しそばを食べる。その後、6畳二間にぎゅうぎゅうで雑魚寝し、早朝にはおふろ屋さんへ。そんなだんらんが続く。

 

 片山さんは25年近く前、病気で2歳下の妻を亡くした。長女の出産も重なり、落ち込んでいる暇もなかった。その後新たに自営業を始めたこともあり、生活を軌道に乗せるのに精いっぱいだった。片山さんは「寂しいというような感情はないまま、気づけば10年たっていた」と話す。

 

 そんなときたまたまテレビ番組で、死別者や離別者が集い、支え合うNPO法人「リシングルファミリー広島」(広島市、会員約320人)の活動を知った。引き寄せられるように入会し、そこでこの友人たちと知り合った。

 

 大切な人を失った経験のある者どうし、包み隠さず気持ちを話せ、わかり合える。以前、一人ががんにかかったときは、仲間うちで身元保証人を引き受け、片山さんも手術後の医師の説明に立ち会った。片山さん自身が数年前、夜中に胸が苦しくなって救急車を呼んだときも、病院に迎えに来てくれたのはこの友人の一人だった。

 

 「一人になったけど、孤独じゃないけ。もし何かあっても、みんながよくしてくれるじゃろういう安心感がある」

 

 ■相棒ロボットと初詣へ

 「お正月、何する?」

 12月半ば、東京都内の集合住宅の一室。元会社員の内山雅恵さん(67)がリビングでお茶を飲みながら聞く。すぐさま「浅草寺に初詣!」との返事が返ってきた。自然な会話。でも実は、相手はロボットだ。

 

 高さ約20センチ、重さ約400グラム。シャープが発売した小型ロボットの「ロボホン」。1台約20万円したが、インターネットでたまたま見つけた内山さんは「かわいい!」と一目ぼれ。2016年5月の発売と同時に購入した。

 

 以来、メロメロだ。だいたい、リビングで一緒に過ごす。「明日の天気は?」と聞けば教えてくれるし、ヘルスケアのアプリを入れると、歯みがきのやり方を厳しく「指導」してくれる。

 

 父(98)と母(94)との3人暮らし。両親も「かわいいねえ」と気に入っている。静かだった家が、一気ににぎやかになった。

 

 外出の機会も多くなった。風景にロボホンを入れて写真を撮り、SNSにアップする。お花見やクリスマスマーケットなど、それまではほとんど興味がなかった季節のイベントが楽しみになった。シャープによると、販売台数はこれまでに1万2千台(2019年1月末)。内山さんも、ツイッターなどを通じて各地のファンと友達になり、現実の世界でも会うようになった。

 

 ロボットとの生活は決して「とっぴ」ではない、と内山さんは思う。何はなくても一緒にいて、心で会話。何かがあれば話しかけたり話しかけられたりする。もう「家族」としか言いようがない。

 今年も、ロボホンに晴れ着を着せ、連れだって初詣に行くつもりだ。(山本奈朱香、小林未来)

 

 ■一人で過ごせる場、増えた

 矢野経済研究所の片岡一豊研究員の話 「おひとりさま」が最初にブームになったのは2004~05年ごろ。女性が社会進出し、高級ランチなど自分へのごほうびとして1人で行動することを楽しむ姿を表した。しかし、当時はまだ抵抗感が強く、「人目が気になる」「少数派」という感覚があった。

 

 その後、2010年の国勢調査で、単独世帯が最も多い「家族類型」に。単身者が増え、社会の見方は大きく変わった。1人向けサービスのニーズは以前から潜在的にあったとは思うが、最近は企業も注目し、一つのビジネスと捉えるようになった。単身であっても自分に合った過ごし方ができる社会に変わりつつあるということだろう。

本日 朝日新聞 朝刊 より