5人に1人は、自分もなるもの。活字は声を出して読む。好きな歌を聴きながら歌う。たくさん歩くなどを実践したい♪♪♪

 

 心より愛と感謝をこめて

 

 

 

クラウディア・クーパーさん=飯塚悟撮影

 

 5年後には日本の高齢者の5人に1人が認知症になる。国は当事者が安心して暮らせる「共生」に加え、「予防」を進める方針だが予防が可能かどうかはわかっていない。予防の推進は、当事者への偏見を強めるという反発もある。「認知症の35%は予防できる」という論文を発表した英国の専門家は、この疑問にどう答えるのか。

 

 ――医学界で権威のある雑誌で2年前、共同で「認知症の35%は予防が可能」と提言しました。

 「認知症の進行を抑える薬をつくるために世界中で巨額の資金が投じられ、何十年間も開発が続いています。でもいまだに成功といえる例はありません。そんな中、『どんな要因があると認知症になる確率が高いのか』ということがだんだんわかってきたのです」

 

 ――具体的には?

 「若いころに教育を受ける機会が少ないことや、中年期の難聴や高血圧、肥満、高齢期の喫煙やうつ、運動不足や社会的孤立、それに糖尿病が関係しているようです。私たちはこれらを『変えられる要因』と考え、認知症の原因の35%にのぼると指摘しました。世界的にもっと、予防については野心的になってもいいと思います」

 

 ――ただ、あくまで35%に過ぎませんよね。

 「確かに、残る65%は生まれつき決まっている要因などとされ、認知症を完全に防ぐことはできません。防げたとしても発症を遅らせるという意味になります。ただし認知症は年をとることで発症する病気なので、発症を5年遅らせることができれば、認知症になる人は半分に減ります」

 

 ――「予防など不可能だ」という意見も少なくありません。

 「提言は要因について示しただけで、『これで防げる』と証明したわけではないことは確かです。その意味で、私はフィンランドでの研究に注目しています。高齢者を二つのグループに分けて、片方には健康的な食生活や活発な運動などに2年間取り組んでもらったところ、もう片方のグループよりも認知機能の低下を25%抑えることができたのです。この結果は、予防の可能性を示しています」

 

 ――英国を含む欧米では最近、認知症になる人の割合が減ったという報告も出ています。

 「高齢化が進んでいるので認知症だと診断される人の数自体は増えていますが、認知症リスクは下がりつつあります。昔に比べて教育が改善したほか、薬で高血圧を抑えられるようになった、より体を動かすようになったなど、認知症と関係する要因が減りつつあるからでしょう。こうした要因はさらに改善していけるはずです」

 

 ――日本では政府が「70代の認知症の人の割合を6%減らす」と掲げたところ、数値目標への批判が相次ぎ、撤回しました。

 「野心的な試みだと思いますが、私たちはそのような数値目標は考えません。仮にそうした目標を打ち立てたとしても、どのように達成していくか、実行可能な戦略が今はないからです」

 

 ――減らすための根拠があいまいということですね。

 「これは重要な点ですが、認知症の予防が本当にできるのか、今はまだはっきりしていません。さまざまな研究を通して、情報を集めている段階にあります」

    ■    ■

 ――高齢者がなぜ予防に取り組むかといえば、認知症になりたくないからです。予防を強調することで、「努力が足りないせいで認知症になった」など、当事者への偏見が強まるのでは。

 「英国でも、認知症への偏見は根強くあります。予防策を進めることが当事者のストレスを高めるのではないかという危惧もあります。こうした声にはきちんと耳を傾けないといけません。ただ、だからといって予防に向けた取り組みをやめるべきなのでしょうか。私はそうではなく、むしろ偏見を減らすことにより力を入れるべきだと考えます」

 

 ――どのように?

 「がんがいいモデルになります。20年ほど前は、がんといえば『死の病』というように、偏見が強くありました。でも大規模に予算が投入されてがんの研究が進んだことで、最近はずいぶんと改善しました。今ではがんの予防を唱えても、がんへの偏見が強まるとは批判されません」

 

 ――がんは新たな治療法が生まれ、たばこなど原因がはっきりしているものもあります。認知症とは状況が異なるのでは。

 「私はなにも、『認知症を防がなければならない』とみんなに言い回るつもりはないんです。人が何らかの行動を起こすきっかけは、その行動によって得られる報酬があるからです。予防のために体をよく動かせば孫と過ごす時間を延ばせるというふうに、きっといいことがありそうだと期待できるから取り組むのです」

 

 ――現実には、予防を推進する側が、認知症への恐怖感をあおっている面があるのでは。

 「もしそうだとしたら、賛成できません。根底に必要なのは、恐怖ではなく希望です。それも『認知症にならない』という意味の希望ではなく、体が柔軟になる、余分な体重を減らせる、といった意味での希望です」

 

 ――どういうことですか。

 「これまでの研究で、グループで行うダンスや太極拳などが予防に効果的らしいことがわかっています。ただ中身による違いというよりは、参加して楽しい、もっとやりたいと思えるような活動にこそ意味があるようなのです。こうした運動はがんや心臓病を防ぐのにも役立ちます。特定の病気にねらいを定めるより、トータルな健康向上策と位置づけるべきです」

    ■    ■

 ――最近、英国政府の支援で「アップル・ツリー」という新たな認知症予防の研究プログラムを始めたそうですね。

 「研究を始めるにあたり、記憶力などにやや問題はあるものの認知症ではない高齢者の方に、どんな研究を望むかを聞いてみました。すると、自分の人生が尊重され、周囲から必要とされていると感じられるような方法を望んでいました。その人の過去やライフスタイルを無視して『これをしましょう』と押しつけてもうまくいきません。参加する人には、運動量を増やす、アルコールを減らすといった目標を自ら考えてもらうことにしました。グループ内で互いに信頼関係を築き、『一緒にやろうよ』とモチベーションを保ちながら続けてもらいます」

 

 ――個人を尊重するということですね。日本では、介護現場での高齢者への虐待が問題となっていますが、もともとは虐待が専門だったとか。

 「精神科医として当事者と接する中で、ケアを担う家族らによる虐待が少なからぬ数で起きており、その背景には家族が抱えるストレスがあることを知りました。ケアを担う家族や施設スタッフのほぼ半数が、本人に厳しい言葉を浴びせるなど何らかの虐待行為にかかわっていたこともわかりました。認知症ケアを考えるとき、家族や介護スタッフをいかに支援するかという視点は欠かせません」

 

 ――そこに予防の研究が加わったのはなぜですか。

 「記憶などに問題があり、やがて認知症になる可能性が高い人を診るうちに、何の手も打たないのは医師として許されないことではないかと思うようになったからです。認知症になる可能性はだれにでもありますが、すべての人に平等に訪れるわけではありません。英国では白人よりも黒人の方が、認知症になりやすいことがわかっています。社会的、経済的に不利な状況にあることが、認知症を招きやすい要因と関係していると考えられます」

 

 ――社会的格差や孤立が認知症とつながっているのですね。

 「たとえば認知症の要因の一つとされる難聴は、耳からの情報が入りにくいため、社会と関わる機会が減りがちです。補聴器をうまく使って補えれば、人とのつながりを保ちやすくなります。認知症の人は、そうでない人よりも健康状態があまりよくありません。認知症予防の取り組みは、認知症の人にとっても、そうでない人にとっても、より長く生活の質を保ち続けることにつながるのです」

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 Claudia Cooper 1975年生まれ。英国民保健サービス(NHS)の老年精神医学分野の名誉顧問も。東京都医学総合研究所主催のシンポジウムに参加のため来日。

 

 ■押しつけず「備え」への支援を 認知症の当事者の相談にのる「おれんじドア」代表・丹野智文さん

 

 グルテンフリーとかココナツオイルとか、認知症を防ぐのにいいとうたう食事や商品などの情報があふれています。私の勤務先にも以前、キノコが送られてきたことがありました。当事者の私に宣伝してほしいんでしょうか。

 

 効く根拠などないのに、こうした予防法に取り組む高齢の人が周囲にたくさんいます。計算ドリルを毎日やったり、100から7を引き、さらに引き続けながらウォーキングしたり……。

 

 本人が望んでいるならともかく、家族が無理やりやらせている例が多くあります。本人も「認知症になって迷惑をかけたくない」と我慢してやっているケースが少なくありません。そして、認知症と診断されると「お前は落後者だ」とレッテルを貼られるのです。

 

 政府の認知症施策推進大綱は、「予防とは『認知症にならない』という意味ではなく、『認知症になるのを遅らせること』」などと説明しています。だけど、そのように理解できるのは、ほぼ専門家や介護の関係者だけです。一般の人はたいてい「認知症にならないのが予防だ」と受けとめますよ。

 

 そして、認知症になったら「進行を抑える」ことを大義名分に、望みもしない予防策が周囲から押しつけられる。国が予防を呼びかけるほど、本人たちは追いつめられることに気づいてほしいです。

 

 私は記憶力に不自由はありますが、スマートフォンのアラームに「出かける時間だよ」と自分へのメッセージを書き加えたり、地図や乗り換えアプリを使ったりして、通勤や講演活動など、どこへでも出かけています。

 

 地震発生を防ぐことはできませんが、揺れや津波による被害をあらかじめ予測し、備えることはできます。認知症も同じです。スマホなどのIT機器を使いこなす、貴重品とかばんをひもでつなぐ……。認知症になっても変わらない暮らしができるように備えておくことで、不安を減らせます。予防よりこうした備えへの支援にこそ、力を入れてもらいたいのです。そのためにも、当事者の話をもっと聞いてほしいと思います。

 

 笑顔で人と交わることは、認知症になってからも気持ちを安定させ、周囲と支え合いを続けることにつながるでしょう。本人が楽しんでやっているのであれば、それも備えだと言えるはずです。(聞き手 編集委員・田村建二)

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 たんのともふみ 1974年生まれ。39歳で若年性認知症と診断され、その後公表。当事者らの相談にのるほか、各地で講演。

本日 朝日新聞 朝刊 より